澤田:韓国社会の日本に対する感情は、ここ数十年でかなり変化しています。僕と同じ50代以上の世代と、Z世代とではまったく感覚が違います。
最大の理由は「経済力の変化」でしょう。今の豊かな韓国からは想像しにくいかもしれませんが、30年前の韓国は、日本と比べて大きな経済格差がありました。1人当たりの名目GDPは、日本のわずか4分の1程度しかありませんでした。
さらに、1980年代の冷戦期まで、北朝鮮と軍事的に対峙する韓国は西側ブロックの「最前線」でした。北朝鮮の後ろに控える中国、旧ソ連、ハンガリーなど東欧諸国とは一切国交がなかった。それが、この30年で劇的に変化したわけです。
50代以上の世代の韓国人には、経済格差を背景とした日本に対するコンプレックスの裏返しとしての「反発」がありました。しかし、今の若い人たちには対日コンプレックスがありません。日本による植民地支配に対する批判的な考えは持っているだろうけれど、変にバネを効かせて反発するようなことは少ないと思います。
言葉の近さと、歴史的な距離感
みたらし:以前、韓国の独立記念日にソウルの博物館を訪れたときのことです。日本の歴史においては「暗殺者」と評価が分かれるような人が、韓国では「英雄・独立義士」として紹介をされている展示などがありました。その場では日本語を話すこともはばかられるような視線を感じることは、実際にありました。
一方で、同世代の韓国の友人たちと、その歴史について話したときの温度感はまったく違います。もちろん人によるとは思いますが、年代や地域など、ある程度のフィルターを通すことで友好関係は変わる側面もあるかもしれません。
そもそも、私が韓国の友達と仲良くなったきっかけは、「セタッキ(洗濯機)」「カジョク(家族)」など言葉が似ていることでした。しかし「言葉が似ている」という部分に対しても、さまざまな見方があると聞きました。そのあたりは、いかがですか。
