前編では、1階の一部と2階の大部分が空き区画になっている福島県いわき市の「いわきエブリア」の現状と歴史を伝え、廃墟化の要因のうち①競合施設の存在、⑥運営会社の破綻、⑦核テナントの撤退が当てはまると分析した。
「いわきエブリア」が1995年10月に「鹿島ショッピングセンター」としてオープンした頃、いわき市では大型店出店ラッシュに揺れていた。「いわきエブリア」以外の大型店はその後、どのような変遷をたどったのだろうか。
本稿では、当時日本一の激戦地ともいわれたいわき市の大型店と街の歴史をたどっていく。
大店法緩和を機に大手資本が地元資本市場へ進出
まず背景として、いわき市の立地と成り立ちをお伝えしよう。
福島県は大きく会津(西側)、中通り(中央)、浜通り(東側・海沿い)の3エリアにわけられ、いわき市は浜通りの中心都市である。1966年に5市9町村が合併して誕生し、当時市域は日本で最も広かった。
合併の経緯から、いわき市の主要地区は旧市町村の中心地域に位置する泉、湯本、内郷、いわき(旧平)の4駅周辺の地区と、海辺の小名浜地区に分割されており、これらの商圏を土台として小売業が展開していた。
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【郊外に一大商業地を創造】
