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金融分野ではない、今までとはまったく違う「本当の投資」をする時代がついにやってきた

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筆者は今までとまったく違う「本当の投資」をすべきときだという (写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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それは、一生必要であり続けるものであり、売ること、捨てることのないものである。パートナー、伴侶、家族、永遠の友人。終の棲家というのもあるが、実は、終の棲家、とは今妄想する終の棲家であり、最後は施設に入るか、病院か、あるいは、非常にシンプルな自宅になるか、生活スタイル、状況によって大きく変化するため、終の棲家、という発想は客観的には常に間違っているので、「本当の投資」ではない。今、「終の棲家」を手に入れた、という「今、この瞬間の満足」のための終の棲家なのである。

最も大切な人間関係以外では、やはり自分自身が重要だろうか。自分への投資である。

しかし、多くの人的投資は、実は「本当の投資」ではない。なぜなら、他人の評価のために、自分(あるいは子供)に投資しているのである。なぜなら、いい大学に行くのは、就職するときに、自分の学歴を売る、自分をブランド化する投資だからだ。他人からの評価を高めるための投資だ。純粋に知性を磨き、それを人生において自分で自分の知性を堪能するためならば、「本当の投資」である。

子供への教育も、いい大学に入るため、いい会社に入るため、食いっぱぐれないためであり、これも、子供が将来、他人にいい評価を受け、高い給料をもらえるためであり、他人からの評価に依存する。子供が、どんな環境になっても生き抜いて行ける力、どんな人生になっても、自分で幸福、充実を感じることができるような人間になるための投資であれば、「本当の投資」である。

愛で言えば、愛を注ぎ込むことではあるが、これは、見返りを期待しない愛でなくてはならない。見返りは、その愛する対象からの評価に依存するからだ。

つまり、見返り、リターンを期待しない投資でないといけないのだ。ここで、矛盾に気付いただろうか。辞書の投資の定義は、利益を得る目的で、金銭を投下することである。したがって、私の言う「本当の投資」は投資ではないのである。

今までとは違う「新しい投資」の時代がやってきた

すなわち、「死んだ投資」ではなく、「本当の投資」を推奨したが、それは投資ではなかった。となると、やはり、「すべての投資は死んだ」のである。

今、本当に必要なのは、私がここに書いた「本当の投資」を新しい概念として明確化し、人々が、その「新しい概念の投資」をすることである。

今までとは違う投資という概念が必要な時代になったのであり、「新しい投資」の時代が来ているのであり、やはり今は、数百年に一度の時代の大転換のときなのである(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)

次ページが続きます:
【さて競馬。牝馬への2つの疑問を考えながらG1を予想する】

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