われわれの一般的な投資のイメージは、おそらく「株式を買うことにより、将来の値上がりによる売却益を狙うこと」ではないだろうか。これは、まず『広辞苑』にはどこにもない。『日本国語大辞典』にもない。
むしろ、株式の購入が出ているのに、わざわざ、インカムゲイン(定期的に得られる利息や配当など)の際に重要な利回りを考えて、という限定がついている。キャピタルゲイン(値上がり益)狙いの株の買いは含まれないのだ。
『大辞泉』になると、非常に広く定義しており、これには含まれる可能性が出てくるが、資金を投下するという語感からすると、株を買うというのは、この定義の中で、相当端っこのほうではないだろうか。
株式投資は投機のど真ん中?
では、われわれのイメージする株式投資は投機ということなのか、というと、投機の定義はさきほどの2つの辞書では、主に以下のとおりだ。
われわれの行っている株式投資とは、投機の定義のど真ん中だったのだ!
私は、このことは繰り返し、この連載だけでなくこの20年言い続けてきたが、広辞苑と大辞泉となれば、説得力が違う。ちょっと前までの日本語では、「君、株やるの?へえ~」のように、株式投資している?ではなく、株は「やる」ものだった。タバコ、酒、競馬、株と、どれも「やる」のである。
では、これは日本だけのことかというとそうでもなさそうで、英語でも同様だ。
『Oxford Advanced Learner's Dictionary』によれば、speculation(投機)とは、「the activity of buying and selling goods or shares in a company in the hope of making a profit, but with the risk of losing money」(=利益を得ることを期待して、商品や会社の株式を売買する活動。ただし、資金を失うリスクを伴うもの)なので、やはり、株式投資はほぼすべて投機である。
したがって、われわれのイメージする投資は死んでも、「本当の投資」をすればいいのである。投機の時代は終わったが、「本当の投資」の時代は終わっていないのである。
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【金融投資と事業投資の違いとは?】
