諦めてバス停まで歩いて戻る途中に「ヘルシーフード」という看板がある店があった。中に入ると高級店のようで、卸売り用の食材が冷蔵庫に並んでいた。
「すみません、バスに乗る必要があるのですが、スマホの電池が切れてしまいました。充電させていただいていいでしょうか?」とカウンターの若い男性に聞くと、「いいよ。そのテーブルの端に電源があるから使って。チャージャーは持ってるの?」と親切に言ってくれた。
「チャージャー持ってます!ありがとうございます!」と言い、3分ほど立ったまま充電させてもらった。「何か買います…」と言うと「いいから。困った時はお互いさまだから」という温かい返事。
何度もお礼を言って店を後にし、その後来た232バスに乗り込んだ。今度は奇声を発する乗客はいなかった。ホームレスの乗客は車内に数人ほどいたが、誰もが家財道具をカートにくくりつけて、黙って座っている。ごくごく平和な光景にほっとした。
私の前方に座っていたのは頭にスカーフを被った中年のホームレス女性で、彼女の家財道具はひときわ大きかった。カートにくくりつけた布団のようなものの他に、巨大な手荷物もあった。
途中の駅で彼女が大荷物を抱えて、ゆっくり歩きながら下車する時、運転手の男性が「またね」と彼女に声をかけた。恐らく彼女は何度もこの232路線のバスに乗って、安全な場所を求めて移動し続けているのだろう。その生活の過酷さを思うと、胸が痛くなる。
バスでは、運転手の目が常にあるため、車内で何か事件が起きれば乗客は運転手にすぐに伝えることができる。その点で、電車よりは危険度が低いと言えるかもしれない。だが、難点は目的地まで時間がかかりすぎることだ。LAからトーランスまで乗車時間だけで片道最低1時間はかかる。さらに遅延や待ち時間を入れると1時間半から2時間近いこともザラだ。
車内でスマホに没入するのは危険
また、LAメトロの電車でもバスでも、乗客は車内で仕事をしたりスマホに没入したりはできない。周囲の乗客の様子を絶えず観察し、安全を確保し続けなければ、いつ危険が迫ってくるかわからないからだ。
「何か危険を察知したり、犯罪を目撃したら、すぐに報告するように」というアナウンスが何度もバスや電車の駅構内で流れている。バスの中でも乗客がナイフで刺されたり、運転手が襲われた事件はこれまでに何度も起きている。
もちろん、何も起こらないラッキーな場合も多い。だが、常に身の安全に気を配りつつ張り詰めた気持ちで乗車するのは精神的に非常に疲れる。それが通勤で毎日ともなればかなりのストレスだ。車内では安全を確保したいなら、居眠りなど絶対にできないし、ヘッドフォンで両耳を塞いだり、ノートパソコンを取り出して仕事をすることもできない。
それでもLAのガソリン代高騰で、乗車料金片道1ドル75セントの安さにひかれてメトロを利用する客が、今年3月には8パーセント増加したとLAメトロは発表している。
