最終面談の日。私は退職手続きの書類を並べ、静かに事実を告げた。
「……お約束通り、退職の手続きを進めさせていただきますね」
渋られる覚悟はしていた。だが、A氏はうつむいたまま、絞り出すようにポツリとつぶやいた。
「本当は、もっとまともに働きたかったんですけどね」
次の瞬間だった。57歳の白髪交じりの男性が両手で顔を覆い、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めたのだ。決して小さくはない嗚咽(おえつ)がシンと静まり返った会議室に響き渡った。
優しすぎる制度が奪った社員のキャリアと人生
会社の休職制度は、間違いなく病を抱える社員を守るためのセーフティネットだ。
だが、Aさんはその「優しすぎる制度」の盲点にすっぽりと収まり続けた結果、30年以上を休職に費やし、自身のキャリアを完全に棒に振ってしまった。57歳という年齢で組織から放り出された彼が、次のステージへ進むことは容易なことではない。
もし、50代になる前に、誰かが彼に引導を渡していればどうだっただろうか。会社を辞め、プレッシャーの少ない別の道や、自分が本当に進みたい方向へのキャリアチェンジの機会があったのではないだろうか。
会社側——、我々人事も責任がないとは言えない。復職を何度も繰り返す彼に対し、誰も「Aさん個人の人生」に真剣に向き合おうとしなかった。
「ルールの要件を満たしているから」と、ただただ制度通りに機械的に処理し、腫れ物に触るように扱ってきた。波風を立てないための事なかれ主義が、彼からキャリアを奪う悪因にならなかったか。
当時の手厚い休職制度は、果たして本当にその人のためになっていたのか。
あの日、会議室に響いたAさんの嗚咽は、十数年経った今でも私の耳にこびりついている。人事という仕事の残酷さと、真に社員の人生と向き合うことの重さを、強烈に突きつける教訓として。
