後日、A氏と面談するべく、会議室に呼ぶと、年齢よりも少し老け込んだ様子の彼が現れた。長い間スーツを着ていないせいだろうか、生地がクタッとしており、表情にも覇気がない。面談に同席した人事課長が、彼のこれまでの苦労を労いつつも、毅然とした態度で核心に切り込んだ。
「Aさん、率直に申し上げます。私たちは、Aさんにこれ以上『半年間だけ無理をして、また倒れる』というサイクルを繰り返してほしくないと考えています。今のままの復職の形は、Aさんの健康にとっても、組織の運営にとっても、もはや持続可能な状態ではありません。会社としては、これを『正常な復職』と判断し続けることが、非常に困難な局面に来ています」
A氏の肩がおびえたように、ビクッと跳ねた。よりによって、課長はスキンヘッドで体格もいかつい。「なにもそんなに頭皮を輝かせなくても」と、課長の後頭部を少しだけ恨めしく見つめた。
さらに私たちは彼に1つの条件を突きつけた。それは、社外の専門機関による3カ月間の「復職支援プログラム」に通い、完全に修了すること。会社独自の判断ではなく、第三者である専門家の目で、彼が本当にフルタイム勤務に耐えうる状態まで回復しているかを見極めてもらうことにしたのだ。
そして、「もし途中で通えなくなり、プログラムを完遂できなかった場合は、現在の健康状態では就労不可能であると認め、復職を断念し退職に同意する」という、後戻りがきかない誓約を付け加えた。これは、会社にとっても彼にとっても、30年も続いた「綱渡り」に決着をつけるための「最後の審判」だった。
さすがに一回の面談で話がまとまるものではない。それにA氏にも現実を受け止めてもらうだけの時間が必要に思えた。
何度か対話を重ねる中で、A氏はようやく覚悟を決めたかのように、同意書にサインをした。
「プログラム、頑張ります」。私には気丈に振る舞っているように見えた。
静まり返った会議室で57歳が流した大粒の涙
プログラムの開始直後は「なんとか通えている」と報告があった。しかし、1カ月が過ぎたころから暗雲が立ち込めた。次第に遅刻しがちになり、2カ月目の中盤でとうとう足が遠のいた。
「Aさん、通所を断念したようです」
プログラムの事務局からの連絡に、私もガックリと肩を落とした。彼の30年以上に及ぶ、綱渡りの会社員生活が、完全に幕を閉じた瞬間だった。
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【会議室に嗚咽が響き渡った】
