考えてほしい。もしあなたが、1人きりの孫を他の3人の祖父母と分かち合っていたら、他者への責任と義務を果たすように、どれだけ頻繁にその孫に注意するだろうか?
その孫が、子どもにはありがちなように、利己的だったり、思いやりに欠けていたりしたときに、どれだけ頻繁に叱るだろうか?
そんなことは、めったにしないだろう。一人っ子政策は「小皇帝(シャオ・ホァンディ)」だらけの世界を生み出し、そこでは、役割や責任を重視するそれまでの文化は、子や孫を幸せにし、成功させることを重視する文化へと移り変わった。
中国の状況を、世界の残りの国々にも当てはめてみると、世界中で家族の規模が縮小していることと、個人主義が勢いを増していることの関連が明らかになる。
家族が小さくなるにつれ、親は子どもの望みを満たすことが増える(そして、おそらく子どもに責任を喚起することが減る)。子や孫の数が少ないと、彼らを甘やかしたいという誘惑が募るとともに、それを実現することも容易になる。
先進諸国では平均的な家庭の子どもの数は今や2人を下回っていることも、自主性が増している一因だ。
増加した子育てにかける時間
アメリカではこのような人口動態の変化がしっかりと記録されているので、それが例として役に立つ。
私が子どもだった1960年代には、平均的な家庭には子どもが4人近くいて、両親が1日当たりに直接子育てに費やす時間は合計2時間に満たなかった(興味のある人のために書き添えると、母親は90分、父親は21分だった)。
50年後、アメリカの家庭にはおよそ2人の子どもがいて、両親は毎日子育てに3時間強費やす(母親が117分、父親が65分)。子ども1人当たりに換算して、60年代には1日当たり30分だった子育ての時間が、2010年代には3倍の90分に増えたわけだ。
増えた分の60分間ずっと、親がポジティブな注意をひたすら子どもに注ぎ続ける(つまり、甘やかし続けると言ってもいいかもしれない)わけではないだろうが、私は自分の子ども時代を振り返ると、休暇で出掛けたときを除けば、親が私たちといっしょに子どもの遊びをしてくれた記憶はほとんどない。
一方、自分自身が子育てをしていたときを思い返すと、真っ先に頭に浮かぶのは膝や腰の痛みで、それは幼い我が子と遊ぶために、床に膝をついて屈んでいたからだ。

