3月に京都府南丹市で男子児童が行方不明となり、その後の捜査により父親による遺棄殺害が明らかとなった事件は、日本国内で連日報道された。この事件は台湾でも報じられたが、その報道過程は日本とは異なる展開を見せた。
まずSNS上で「被害児童の父親は台湾人である」という誤情報が拡散された。これに対し、台湾の大手テレビ局・民視(FTV)は「日本の週刊誌が報じた」として「父親は台湾人ではなく中国人である」と報道した。しかし、週刊誌にそのような記述はなく、日本の警察も容疑者が外国籍であることを明確に否定していた。
事実に基づかない報道を行った民視は指摘と批判を受けて謝罪声明を発表し、YouTubeなどにアップしていた動画を削除した。ところが、民視の報道が日本のネット空間でも拡大してしまい、「日本のメディアは容疑者が外国籍である事実を意図的に隠しているのではないか」という陰謀論が一部で拡散するなど越境的な情報の歪みをもたらした。
本件を単なる台湾の報道業界におけるヒューマンエラーとして片付けるべきではない。台湾では2018年の台風21号による関西国際空港閉鎖時にも、SNS上の誤情報をメディアが拡散した結果、台湾人外交官が自死に追い込まれるという重大事案が発生している(「大阪駐在の台湾外交官はなぜ死を選んだのか」)。
台湾メディアはイデオロギーが明確で問題も
台湾社会は日常的に中国からの情報認知戦に晒されており、フェイクニュースへの警戒意識は決して低くない。それにもかかわらず、同様の失敗が繰り返されている点や、ニュースや事象に「中国要素」が絡むと判断が歪みやすい点に構造的問題が見出せる。
今回の京都府での事件で起きた日本と台湾の情報空間における問題で注目すべきポイントは次の2点に集約される。それは、台湾メディアのイデオロギー構造と、日本と台湾双方の相互理解が不十分で、お互いの社会に対する解像度が低いことである。
まず台湾メディアのイデオロギー問題である。26年の報道の自由度ランキングにおいて台湾はアジア最高位の28位に位置している(日本は62位、アメリカは64位)。これは報道機関が、政治的圧力から比較的自由であることを示している。一方で台湾メディアの状況をみると、各メディアが固有の政治的立場を前提として情報発信を行っており、そこでも「自由さ」が見られる。
日本でも各メディアについて「右寄り/左寄り」といった大まかな共通認識が社会的に存在するが、台湾メディアの場合、それは単純な右/左ではなく、より明確に特定の政党や主義主張を支持する党派性として現れる。この前提を踏まえずに台湾のニュースを受容すれば、台湾社会の民意を容易に見誤ることになる。
例えば、25年11月の高市早苗首相による「存立危機事態」に関する答弁をめぐり、日本では「台湾は迷惑している」とする見方と「台湾で歓迎されている」とする見方が併存した。実際に台湾では両方の反応が存在しており、いずれも間違ってはない。
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【各自が自らの主張に都合がいい情報を受容した】
