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なぜ日本と台湾で誤解が続くのか/京都府の男児殺害事件や高市首相の「台湾有事」答弁からみる日台間の情報構造

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高市首相の「台湾有事」答弁をめぐり、日本社会でも各々に都合のいい台湾情報が流れた(写真:Bloomberg)
  • 前原 志保 武雄アジア大学准教授・九州大学大学院人間環境学研究院 D-Be 部門学術協力研究員
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しかし、前述したように台湾メディアはその政治的立場が明確であることが多い。それぞれの見方が台湾のどのメディアによって報じられ、どのような政治的立場の識者がコメントしているのかを精査しなければならず、それができなければ台湾社会の状況を適切に理解することはできない。

ところが、日本の多くの人たちは台湾メディアの特徴を十分に理解しているわけではない。その結果、高市答弁の際も日本の人たちの間でそれぞれが自らのイデオロギーに親和的な情報だけを選択的に受容し、自身の主張が正しいのだと利用するために拡散した。その結果、「台湾は、本当はこう考えている」として「台湾は迷惑している」と「台湾は歓迎している」という相互に矛盾する言説が並立する状況が生じ、一部で激しい水掛け論が生じた。

また、報道の自由度が世界180カ国中ワースト2位という中国メディアの言論環境の特殊性が十分に理解されないまま、日本で有識者とされる人たちが日本のメディア出演と同様の感覚で取材に応じる例も見られた。しかしその結果、その発言は中国にとって都合のいい部分だけ切り取られ、中国政府のプロパガンダを補強する形で流通することとなった。

中国の圧力下、「台湾人か否か」を強く意識

今回の京都府での事件報道に戻れば、「養父が中国人」とする虚偽報道を行ったのが現在の与党・民主進歩党寄りとされる民視であった点、そして報道内容が「台湾人ではなく、中国人である」という形で提示された点が重視されるところだ。この表現は単なる誤認ではなく、「台湾人であること」からの切り離しを優先する認識枠組み、すなわち台湾人ナショナル・アイデンティティに関わるフレーミングが無意識に動いた結果と理解すべきである。厳しい安全保障環境の中で、「台湾人か否か」という区別が強く意識される社会的条件が、報道のレベルにおいても無意識的に再生産されているのである。

筆者は25年10月の論考(「台湾の歴史認識と日本の保守界隈との親和性」)において、台湾政治の基底にある構造として、民主進歩党と野党・中国国民党の双方が本質的には保守的性格を持つことを指摘した。この指摘に対して、日本のリベラル層から違和感が示されたのだが、その背景には、日本において「保守」と排他的ナショナリズムが強く結びついて理解されているという文脈があるため、多様性を重視する政策をとる台湾の政党が保守であることになかなかつながらなかったようだ。

しかし、台湾においては、常に主権を脅かしてくる中国との関係が存在する厳しい安全保障環境のもとで、民主主義や人権といったリベラルな制度の「現状維持」そのものが中国に対抗するためのナショナル・アイデンティティと結びついている。その結果、リベラルな価値観とナショナルな帰属意識が併存する構造が形成されている。この構造の下では、日本で問題となっている外国人への「排他性」というよりも「台湾人か否か」という「アイデンティティの踏み絵」ともいうべき台湾独特の線引きが優先されやすい。

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【「中国要素」が絡むと他の価値観が二の次に】

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