京大地理もまた興味深い科目です。京大地理は論述中心ですが、単答問題や選択問題も多く、自然・産業・社会・地誌まで幅広い分野について基本知識を押さえておく必要があります。さらに、「基本用語は40字程度で簡潔に説明できることが望ましい」ともされており、ここでもまず前提になるのは、用語や現象についての確かな理解です。
東大地理が「資料をどう切ってまとめるか」に強く寄っているのに対し、京大地理は、まず頭の中に地理の体系がしっかり入っているかを問う色合いが濃い。そのうえで、資料読解や簡潔な論述が上積みされる、という印象です。
こうして見ていくと、社会科目にも、これまで見てきた東大と京大の対比がかなりはっきり現れています。東大は、大量の知識を前提にしたうえで、それをどう削り、どう並べ、どう短くまとめるかを重視する大学です。
だから社会でも、資料を読み、条件に従い、限られた字数の中で本質だけを抜き出す力が問われる。
それに対して京大は、その分野について、どれだけ正確で厚みのある知識を身につけているかをまず重く見ています。だから空欄補充や単答、基本知識を問う設問がしっかり残り、そのうえで論述にもつなげてくるのです。
大学が求める「知性」をもっとも素直に映す
もちろん、どちらが優れているという話ではありません。社会において本来必要なのは、必要な情報だけを抜き出して説明する力でもあり、深く正確な知識を積み重ねる力でもあります。
ただ、入試として見たとき、東大は「知っている情報をどう編集するか」を、京大は「知識をどれだけ厚く持っているか」を、より強く見ている。そこに大学ごとの思想の違いが表れているのです。
東大社会と京大社会の違いを知ることは、単なる受験対策にとどまりません。自分は、たくさん持っている知識を短く整理するのが得意なのか。それとも、一つの分野を深く正確に積み上げるほうが得意なのか。社会科目は、暗記科目ではありません。その大学が、どんな「考える人間」を求めているのかが、かなり正直に表れる科目の一つなのではないでしょうか。

