もう一つ、東大社会の特徴として重要なのは、単純な知識量勝負になりにくいということです。東大日本史は「知識量があまりいらない」とよく言われますが、実際、全大問で提示文を参考にして解答する形式が取られています。
極端に言えば、教科書知識をそのまま大量に吐き出せることよりも、問題文に与えられた資料やグラフを読み、それを踏まえて設問の要求に沿う形に書き直せることのほうが重要なのです。
東大地理も、すべての大問で統計表・グラフ・地図などの資料が使われています。東大世界史も性格的にはそれに近く、図版・文献史料などが提示され、その場で資料を処理しつつ、短い字数で論述させる構成になっています。
ただし、東大世界史には単純な知識問題も出題されます。これは東大の入試問題全体で見ても珍しく、知識問題で点数が取れるのは世界史だけと言っても過言ではありません。
それでも本質的には、世界史も含めて「知っているか」そのものより、知っていることと与えられた資料を組み合わせて、出題者の意図に合う形に編集できるかが問われている試験だと言えるでしょう。
京大社会は違う方向から受験生を試してくる
一方で、京大の社会科目はかなり違った顔を見せます。京大社会にも論述はありますが、東大のように「短い字数で次々切っていく」という感じとは少し違います。むしろ目立つのは、知識そのものを正面から問う設問の多さです。
京大日本史は、2026年度も例年通り、史料問題、空欄補充型の雑題、リード文形式の空欄補充・単答問題、そして200字論述2問という4題構成でした。つまり、かなり多くの設問で、細かい知識を正確に出せるかどうかが試されているわけです。単なる論述一辺倒ではなく、知識問題の層が厚いのが京大社会の特徴です。
京大世界史も同様で、もちろん論述問題は出ますし、300字論述もあります。しかしそれと同時に、現代史や文化史、中国周辺地域史など、受験生が手薄にしがちな分野からも容赦なく出題されます。つまり京大は、「大筋は知っている」という曖昧な理解ではなく、どの時代・どの地域でも戦えるだけの厚みのある知識を求めているのです。
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【大学ごとの思想の違い】
