「ポテンシャルは高いのに、どの職場でも長続きしない」
「環境が変わるたびに全力を尽くすのだが、なぜかうまくいかない」
そんなタイプは現代のビジネスパーソンにも少なからずいるが、戦国時代にも、まさにそういう男がいた。藤堂高虎である。
居場所を探し続けて主君を7度も変えた男
高虎は生涯で7度も主君を変えたことで知られる。その出発点は浅井長政であり、紆余曲折を経て豊臣秀長のもとで活躍するまでの道のりは、波乱に満ちたものだった。後世には「変節漢」と呼ばれることも多い藤堂高虎。前半生では、どんな道のりを歩んだのか。
弘治2(1556)年、高虎は近江国犬上郡藤堂村で生まれた。藤堂氏の祖となる人物は景盛といい、足利将軍家に仕えたことをきっかけに「中原」から「藤堂」へと姓を改めている。
藤堂高虎の祖父にあたる忠高は、多賀良氏の娘「とら」を養女としたが、この「とら」が高虎の母である。高虎の父・虎高が「とら」と結婚して生まれたのが、高虎ということになる。
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【勇猛さは父譲りで浅井長政に仕える】
