比較的めぐまれているはずの外交官の亡命は、劉だけではない。
2016年には太永浩(テ・ヨンホ)駐英公使が、ロンドン勤務中に家族とともに韓国へ亡命した。最高位級外交官の脱北として注目を浴びた。太は、のちに韓国の国会議員も務めた。
1号通訳の実力はネイティブ並み
18年にはチョ・ソンギル駐イタリア代理大使が失踪し、のちに韓国への亡命が報道された。いまも公の場には姿を見せていない。23年には李日奎(リ・イルギュ)駐キューバ政治担当参事官が脱北し、彼は韓国メディアで活発に発言している。
私は劉と25年に韓国で会い、この本のことや北朝鮮の権力構造について話を聞いた。その中で最も印象に残ったのが、北朝鮮外交官たちが置かれているる厳しい現実だった。
北朝鮮において、外交官の中でも最高指導者の通訳は「1号通訳」と呼ばれ、重要な役割を担う。
北朝鮮において1号通訳になるには、高いハードルがある。外交官の親に同行して海外で生活し、ネイティブレベルの外国語を習得したエリート層でなくてはならない。
さらに彼らは平壌外国語大学などを卒業後、外務省の「情勢資料および翻訳局」(情翻局)に配属される。そこで実力だけでなく、思想や品性まで徹底的に検証された後、労働党国際部の「8課(通訳課)」に配属される。このプロセスを経て初めて、総書記専属の1号通訳となることができる。
華やかな外交の現場で、最高指導者を助ける仕事は、生きがいを感じさせるものだろうが、栄光ばかりではない。最高指導者の意図を完璧に伝えることは当然として、その機嫌や権威を損ねてはならないという極限のプレッシャーが伴う。指導者の記憶違いや気まぐれによって「誤訳」のレッテルを貼られれば、自分の将来を閉ざすことにつながる。
本書には、些細なミスや通訳の時の態度を理由に、重い処分を受けた実例がいくつも挙げられている。
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【正確な記録にもクレーム】
