と言っても、完全に製作サイドを擁護するわけではない。やはり費用負担があるにもかかわらず、「無償エキストラ」という表現を使ったことについては、しっかり反省すべきだろう。というのも、そもそも聞き慣れない言葉であるからだ。耳なじみのないフレーズは違和感を生み、ツッコみやすい土壌をつくる。
国語辞典で「エキストラ」を引くと、「臨時雇いの俳優」と出る。つまり金銭の支給があることが前提だ。百歩譲ってノーギャラだとしても、「持ち出しはゼロだ」と感じさせる言葉であるのは間違いない。矛盾しているかのような表現が、不信感をあおったのは間違いないだろう。
例えば、これがもし「無償エキストラ」ではなく、「出演権付きサポーター」的な名称であったなら、印象も変わっていただろう。人的・金銭的な支援を求めるニュアンスが出てくれば、実費負担を求めても整合性がとれる。
これを言っては身もふたもないが、極端な話、募集する“肩書”はどうでもいい。広く一般から公募するのであれば、訴求するフレーズは工夫する必要がある。しかし、今回の呼びかけは、ファン向けであることが明確だ。どんな言い回しで集めても、希望者は応募してくれるだろう。
"炎上商法"として機能した側面も?
事実、エキストラ自体は「予想を超える大変多くの応募」があったとして、翌日には募集が締め切られている。つまりは「7000円払ってでも参加したい」という人が一定数いたということだ。
結局の所、安田監督サイドに落ち度があるとすれば、「あまり興味のない人々に、どのような印象を与えるか」に気を回していなかったこと程度ではないか。もちろん、映画よりも、今回のようなBSドラマの方が、“興味のない人”を巻き込む必要がある。その点においては、配慮が不足していたと言える。
ただ今回の件では、炎上によるネガティブイメージより、話題性が高まったことで得られるメリットの方が大きいようにも感じられる。映画を見た人であっても、スピンオフが製作されていると知らなかった人も多いだろう。
実際に筆者のように、炎上で興味を持ち、見てみようかと思ったネットユーザーも少なくないと思われる。意図的でないにせよ「炎上商法」としては成功しているのではないか。あとは、こうして集まった注目を生かして、7月以降、「炎上したドラマ」のレッテルを塗り替えられるようなインパクトを残せるかにかかっている。
