だが、この「不測の事態」は、実際にはそれほど頻繁に起こるものではない。むしろ多くの場合、それは起こらない。にもかかわらず、
・上司は「見積もりは正しい」というセオリーで解釈する
・部下は「余裕を持つのが合理的」というセオリーで行動する
この2つのセオリーが維持される限り、すべての現象はその枠組みの中で整合的に説明されてしまう。結果として、
構造的な非効率は見えないまま、同じ行動が繰り返される。
ここに、「考えているのに間違える」という現象の本質がある。さらに言えば、問題はサバ読みそのものではない。サバ読みを合理的にしてしまうセオリーが更新されていないことにある。
優秀な人ほど陥る罠
ここで重要なのは、問題は思考の量ではないという点である。
・考えすぎることが悪いのではない
・考えないことが良いわけでもない
問題は、
セオリーが更新されないまま思考が続くこと
にある。キムが繰り返し強調するように、
学習とは経験の蓄積ではなく、セオリーの更新である。
どれだけ多くの経験をしても、それが既存の枠組みの中で解釈され続ける限り、学習は起こらない。
では、セオリーはどのように更新されるのか。答えは明確である。
行動によるフィードバックである。
キムが提示する知識創造サイクルでは、次の3つが統合されることが必要とされる。
この中でも決定的に重要なのがプラクティスである。なぜなら、
行動だけが、セオリーに対する反証を与える
からである。
頭の中での思考は、既存の前提を超えることが難しい。しかし現実は、その前提を容易に裏切る。このズレこそが、セオリー更新の起点となる。
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【「優秀な人」ほどセオリーそのものを疑う機会が減る】
