2月末に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃は、もとより不安定だった中東情勢と世界経済を大混乱に陥れた。海上交通の要衝であるホルムズ海峡が封鎖され、原油相場は暴騰。停戦を探る駆け引きの一方で、アジアへの供給体制には赤信号が点灯した。21世紀版のオイルショックである。
振り返れば、第1次石油危機は今から半世紀以上前、1973年の秋に起きた。日本列島改造に伴うバブル期とたまたま重なったこともあり、「狂乱物価」と呼ばれる戦後最大級のインフレを招く最悪の事態となった。
インフレのレベルに違いはあるものの、当時と現在を比較すると、実は気がかりな「共通点」があることに気づく。
第1次石油危機は第4次中東戦争、今回はイラン戦争という突然の軍事衝突が起点になった。原油の価格だけでなく、量の確保が懸念される事態になった点も同様だ。
さらに、70年代は円レート切り上げの恐怖から金融緩和が繰り返され、物価が急騰していた中で危機に直面した。今回も異次元緩和の正常化の遅れで円安インフレが進み、物価高対策が求められる中で起きた。株式や不動産など資産価格が異常な急騰を続けていたという点でも双方は似通っている。
積極財政の真っただ中 利上げ効果が出る前に
今週から5回にわたって、第1次石油危機当時の財政金融政策を再検証しようと思う。危機に際して当局者たちは何を考え、どう動いたのか。そして半世紀前の教訓は生かされているのか──。
73年10月6日。エジプトとシリアがイスラエルを南北から奇襲し、第4次中東戦争が勃発した。
開戦の10日後、サウジアラビアなどペルシャ湾岸6カ国は、原油価格を70%引き上げると突然宣言。さらに翌日、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)はイスラエルが占領地から撤退するまで原油生産量を毎月5%ずつ削減すると決定し、アメリカなど「イスラエル支持国」への輸出を停止した。全面禁輸を恐れる日本は、この後アラブ支持の方針を打ち出す。
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