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【運動会】科学的に「NG」な練習が子どもを消耗させる…成長を促す先生、心身を削る先生の違い《組体操は必要か?》

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組体操でピラミッドを作る子どもたちの様子
運動会の練習で負荷のかけ方を誤れば子どもにとって負担だ。本当に重視すべきことは?(写真:しまじろう / PIXTA)
  • 桜井 智野風 桐蔭横浜大学 スポーツ科学部 学部長
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特に発達段階にある子どもは、この失敗感をそのまま意欲低下につなげやすい傾向があります。動きを短い単位に区切り、できた感覚を積み重ねていくほうが、学習としても心理的にも望ましい進め方といえます。

安全管理が肝の「休憩」「組体操」は正しい知識を

近年は、暑さの中での練習管理も避けて通れない論点です。学校では「何分ごとに休憩」といった時間ベースの管理が行われがちですが、それだけで安全が十分に担保されるわけではありません。子どもは大人に比べて体温調節機能が未熟で、発汗や循環の個人差も大きいためです。

同じ環境で同じ練習をしていても、熱のこもり方も脱水の進み方も一人ひとり異なります。その現実を無視して一律に区切れば、すでに強い疲労や熱ストレスが出ている子どもを見逃すことにもつながります。

重要なのは、時間ではなく状態を見ることです。顔色、発汗、反応の鈍さ、動きのキレの低下は、身体からのサインです。水分補給も、喉が渇いてからでは遅い場合があります。

休憩を前倒しできる柔軟さ、日陰の確保、待機時間の短縮、帽子の活用など、環境側の調整まで含めて考えなければ、「休ませているつもり」でも十分な安全管理とは言いにくいでしょう。

そして、運動会をめぐる議論で感情的になりやすいのが組体操です。

これも「伝統だから必要」「危険だから全面的に不要」と単純化すると、本質が見えにくくなります。仲間と動きをそろえること、身体を支える感覚を学ぶこと、協力して1つの表現をつくること自体には、教育的な意味があります。

低い姿勢や単純な構成で行う活動まで、一律に否定する必要はないはずです。ただし、その教育的価値は、「高く積み上げること」そのものから生まれるわけではありません。高さを競うピラミッドやタワーになると、話は大きく変わります。

限られた練習時間の中で、発達段階にある子どもがそうした高難度の技を安全に習得するのは簡単ではありません。ひとたび崩れれば、落下や下敷きによって頭部や頸部、体幹部への重大な傷害につながるおそれもあります。

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【運動会で残したいのは「消耗の記憶」ではないはず】

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