協力性や達成感を育てたいのであれば、それは必ずしも高層の組体操でなければ得られないものではありません。
教育的価値と危険性が見合っているかという観点から見れば、高さや難度を追求する組体操を行うことは科学的に慎重であるべきだと考えます。
運動会で残したいのは「消耗の記憶」ではないはず
運動会は、本来、子どもを追い込む場ではありません。日々の練習で身につけてきたことを発揮し、「できた」という感覚を持ち帰る場であるはずです。
それにもかかわらず、本番が近づくほど練習量を増やし、疲労した状態でなお反復させ、高さや完成度ばかりを求めるなら、その営みは子どもの成長を支えるどころか、削ってしまうことにもなりかねません。
発達段階にある子どもに必要なのは、限界まで頑張った経験そのものではなく、よい動きを経験し、それが少しずつ自分のものになっていく過程です。うまく走れた感覚、踊りがそろった実感、仲間と息が合った手応え。そうした成功の蓄積こそが、その後の運動への自信と意欲をつくっていきます。
子どもたちにとって運動会は、一生の記憶に残る学校行事です。だからこそ残すべきなのは、「あれだけやらされた」という消耗の記憶ではなく、「前よりできるようになった」という成長の実感ではないでしょうか。
科学的な視点を取り入れるだけで、運動会は根性論の場ではなく子どもの発達にかなった学びの場へと変わっていきます。



