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ライフ #井手隊長のラーメン見聞録

「道が使えなくて来られなかった」と客離れ…埼玉・八潮の超人気ラーメン店が「陥没事故」で受けたダメージと"次なる一手"

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2026年4月28日、埼玉県八潮市に新潟・妙高の老舗「食堂ミサ」がオープンする(写真:筆者撮影)
  • 井手隊長 ラーメンライター/ミュージシャン
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「その時、ああこれで一つのドラマが終わるなと思ったんです」

すべてが崩れ落ちるような感覚。その一方で、「もうどうでもいい」という解放にも似た心境が芽生えた。そこから、鶴岡さんは「自分の人生をどう終えるか」という視点で物事を考え始める。

そんな中で出会ったのが、一杯の味噌ラーメンだった。

きっかけは偶然だった。横浜での仕事帰りに立ち寄った名店「雪ぐに」で食べた一杯。鶴岡さんは味噌ラーメンはそこまで好きではなかった。しかし、食後に電車に揺られながら、不思議な感覚に包まれる。

「なんか、癒やされたんですよね。すごくほっこりした」

派手さも尖りもない。しかし、心に残る。その感覚が気になり、調べていく中で「雪ぐに」の出身店である新潟・妙高の「食堂ミサ」に辿り着く。

「食堂ミサ」は1965年に当時経営していた自動車学校の食堂をもとにオープンした妙高市の老舗。ニンニクのバッチリ効いた味噌ラーメンは地元客を中心に愛され、一日1000杯売れる日もあるという妙高のソウルフードだ。

「ミサ」の魅力はどこにあるのか。鶴岡さんは「地域性と商品が完璧に合っていること」だと語る。

妙高という寒冷地において、ニンニクの効いた素朴な味噌スープは身体に染み渡る。さらに、こだわっていないようで、実は細部には強いこだわりがあることに鶴岡さんは気付いた。例えば、タマネギ一つにしても、使う品種や状態が厳密に決められている。長年の積み重ねが無意識の完成度を作り上げていた。

「トレンドを追わない」真逆の価値観

そして何より衝撃だったのは、「流行と戦っていない」という点だった。

「トレンドや流行とは一切戦わず、ずっとそこにあるだけで50年続いている。それが一番強い」

トレンドを追い、進化を求め続けてきた自身のラーメン人生とは、真逆の価値観だった。当初は「限定で味噌を出したい」という軽い相談だった。しかし「ミサ」の社長と対面した瞬間、鶴岡さんは直感的に決断する。

「看板、下ろします。ミサでやらせてください」

理由はほとんど説明できない。ただ、「考えたらやらない」と分かっていたからこその即断だった。

この決断は、ラーメン業界全体の流れとも無関係ではない。近年、個人店の経営は厳しさを増し、M&Aやチェーン化が進行している。そんな中で、新潟・妙高の味噌ラーメンが新たな潮流として注目され始めている。

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【「もう、がんじがらめのラーメンから解放されたいんですよ」】

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