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世界の鉄道ファンを魅了するミャンマー国鉄を再建させた、ある元国鉄マンの努力と技術者としての矜持

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2007年、JR東日本からミャンマーに譲渡されたキハ58。左から4人目が高松重信さん (写真:高松重信さん提供)
  • 西垣 充 ジェイサット(J-SAT)代表
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中国をはじめインドやタイ、韓国など各国が鉄道支援に名乗りを上げ、日本もその一つとして加わりました。

「ただ、金額面では他国に比べて決して有利とは言えませんでした。それでも最終的に、ミャンマー政府が選んだのは日本でした。これまで日本とミャンマーが一つひとつ石垣を積み上げるように築いてきた関係があります。車両の供与だけでなく、メンテナンス体制の構築や技術指導まで含めた総合的な支援が評価されたのだと思います」

日本はヤンゴン環状線の改修や日本式信号の導入、ヤンゴン〜マンダレー間の長距離鉄道整備、さらには東西・南北を結ぶ新路線構想など、次々と案件を受注。加えて、ヤンゴン主要駅のターミナル開発や、バス・タクシー・住宅・商業施設を一体化した都市開発も計画されていきます。

「なぜミャンマーだけは日本に取られるのか」

中国にとって、ミャンマーの鉄道事業への参画は極めて重要な意味を持っていました。「一帯一路」構想の中でも、ミャンマーは戦略的な拠点と位置づけられています。ラオス、インドネシア、スリランカなど、日本が関与する予定であった鉄道事業を中国が次々と受注していく中で、「なぜミャンマーだけは日本に取られるのか」といった不満が中国側から出ているという見方も、現地では聞かれました。

高松さんは、この決断の背景には、単なる規模や条件だけではない価値があると感じています。「目に見える金額や規模だけではなく、長年にわたり日本とミャンマーで築いてきた信頼関係を重んじる。それがミャンマーの人々の気質なのだと思います」と。

しかし、日本が中心となって進めてきた駅ターミナル開発プロジェクトの調印を翌月に控えた2021年2月1日、クーデターが発生します。これにより、多くのプロジェクトが中断されることとなりました。その後、25年12月から26年1月にかけて総選挙が実施され、26年4月には新政権が発足します。

しかし日本政府はこの政権を承認しておらず、日本の新規ODAも停止された状態が続いています。

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