この後者をもう少し分かりやすくいうと、先ほど200円のコーヒーは現在の100円のコーヒーと申し上げましたが、コーヒー1杯は、10 年後に果たして本当に200円なのか、それとも180円なのか、あるいは220円なのではないか、というあいまいな予測に基づいて将来の価値をいったいいくらディスカウントすればよいか、何らかの水準をあらかじめ設定する必要があるということです。
実は、この2つの要素が、最後はモデルを操作する人間の判断に委ねられているのが実態です。そして、そこにグレーゾーンがあるために、実際には結果ありきの企業価値算定が行われ、それにもっともらしい説明をつけるために、このグレーゾーンが不当に操作される余地が多分にあるわけです。
この問題については、あらかじめそのような利益相反が起こることを想定し、M&Aでは双方に専門家のアドバイザーを立てて各々が自らの立場で企業価値を算定、お互いに相手のロジックをけん制しながらその価格について厳しく協議交渉します。その結果、最終的には双方納得のうえで価格が折り合うから問題はないのだということに落ち着くようになっています。
結局「マーケット・メカニズム主義」で丸く収まる、という構図です。しかし、過去のどの事例をとってみても、本当にあるべき価格に落ち着いた事例は珍しく、必ずどちらかが得をしてどちらかが損をしているのが実態ではないかと思います。
本当にマーケット・メカニズムは働いているのか
とくにバイアウトの世界では、最近も事例が多くなってきた上場会社の非公開化をともなうTOB(株式公開買付け)のケースなどで、一方的に株価を算定して買い取りをオファーするわけです。あるいは同様に事例が急増しているアクティビストファンドによるほぼ乗っ取りに近い株主提案活動においても、その会社の企業価値算定において極めて一方的な見立てが見られます。そうして経営に変革を迫る様子を見るにつけ、そもそもマーケット・メカニズムが働いているのか、神の見えざる手などやはりどこにもないのではないか、とおぼしき怪しいことが多く見られているように感じるわけです。
このように見ると、とくに企業買収の現場というのは、あいまいさにあふれており、もはや「合法的詐欺の温床」ではないかと思いたくなるほど、ご都合主義ででき上がっていると思わざるをえないのです。
このように、一見カッコいい金融用語や概念も、曖昧だったり、裏があったりすることはよくあることです。日々の生活の中にある「当たり前」を疑う視点を身に着けること、それがあなたの生活を今後より納得いくものにしていくひとつの道筋であるかもしれません。

