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「ヤミ屋のオヤジ」と公文書に刻んだ不退転の覚悟 着任わずか53日の東日本大震災、伝説の国交次官が踏み越えた法規

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震災復旧・復興の現場で総指揮を執った徳山日出男は「超法規的」な決断を繰り返した

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2011年3月の東日本大震災は、世界史に残る未曽有の災害だった。国土交通省東北地方整備局の局長として、現場の総指揮を執った徳山日出男は、果断な決断で超法規的措置を繰り返し、津波被害の復旧で大きな役割を果たした。
「もうそろそろ語ってもいいかな」
後に事務方トップの国交事務次官となり、「伝説の次官」とも称される徳山。あれから15年が経った今春、当時の胸の内を計10時間かけて取材に語った。
「当時考えたことを初めてここまで話した」というその内容を基に、約10回にわたってお届けするドキュメント・危機のリーダー。修羅場で重ねたその思考や判断は、ビジネスリーダーや官僚にとって最高の教科書だ。第1回目は、混乱の中で「ヤミ屋のオヤジ」と自身を称した経緯と、原点にある田中角栄との邂逅(かいこう)から。

「今の修羅場で、国交省に頼むことはありません」

国交省東北地方整備局長、徳山日出男は、電話口の言葉に突き放された感じがした。

11年3月16日。

国内観測史上最大規模のマグニチュード9.0を記録した東日本大震災からわずか5日後のことだ。

「棺おけを手配してくれないか」にひるんだ

電話の相手は、津波によって壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の当時の市長、戸羽太だった。

災害対策車に搭載された衛星電話でつないだ戸羽に、津波被害の初期対応のため、宮城県仙台市で陣頭指揮を執っていた徳山は繰り返した。

「何でもいいから言ってくれ」

戸羽は「頼むことはありません」とかたくなだった。

これまでは、道路を造ってほしいなどと国交省に陳情することはあったが、今のわれわれには国交省は必要ない――。そんなふうに聞こえた。
徳山は食い下がった。

「国交省の所管のことでなくてもいい。何でもいいから、何か困っていることがあるでしょ。大臣からも『何でも手伝え』と言われている」

押し問答のようなやり取りの末、戸羽はようやく口にした。「本当にいいんですか。本当にやれますか」

「本当にやります」

そう答えた徳山に、戸羽は言った。

「棺おけを手配してくれないか」

徳山は一瞬ひるんだ。頭に浮かんだのは「棺おけって、どうやって買うんだ?」。国交省として重機や車両を買ったり、プレハブを準備したりすることはあるが、棺おけを用意した経験はない。棺おけの管轄があるとすれば厚生労働省なのかもしれないが、引き下がるわけにはいかない。「すぐやります」と伝えた。

徳山日出男(とくやま・ひでお)/1979年東京大学工学部土木工学科卒業、建設省入省。2008年国土交通省道路局企画課長。11年1月同東北地方整備局長、東日本大震災で対応を指揮。13年同道路局長、14年同技監、15年同事務次官。電通執行役員社長補佐、政策研究大学院大学客員教授を経て、国土技術研究センター理事長(撮影:今井康一)

陸前高田市では、全約8000世帯のうち半数が津波被害を受け、震災前に約2万4000人だった人口のうち、行方不明者を含め1800人以上(国交省資料)が犠牲になった。

当時、遺体は血まみれになっていたり、身体の一部が失われたりしていた。目や口、鼻の中まで泥まみれになった遺体を洗い流し、供養するのだが、ガソリン不足で火葬ができなかった。土葬にするにしても「遺体をまた泥まみれにするのは忍びない」ため、棺おけが必要だったのだ。

国交省の所管でなくても、被災地に必要なものは用意する。徳山の意思は固まった。

そして、この決意が、災害対策の歴史に残る公文書につながることになる。

戸羽との電話から6日後。仙台市にある国交省東北地方整備局の災害対策室での出来事だった。

部下が作った市町村長向けの公文書の案に、徳山は手書きで2行追加した。部下は驚いて言った。

「本当にいいんですか、こんなの。違法ですよ」

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