実際に荒れた生活の中で健康を害してしまって、何も生み出せなくなってしまった人は周りにたくさんいたし、歴史上にもたくさんいる。ちょっと調べただけでも海外のミュージシャンで、若くして薬物乱用やアルコール依存症で音楽が作れなくなったり、死亡してしまった人はいくらでも出てくる。27歳で死亡するミュージシャンなどが多い(「27クラブ」という言葉で括られる)という話があるけど、単純に無茶苦茶な生活をしているとそのぐらいの年齢で破滅を迎えてしまうのかもしれない。
村上春樹に学ぶ健康と不健康の関係性
だからこそ、わたしは日本を代表する小説家である村上春樹が創作において、健康や生活を大切にしていることを希望と捉えている。村上春樹がそのことについて語っているエッセイに『走ることについて語るときに僕の語ること』というものがある。
この本の中では、村上春樹が20年以上もランニングを続け、年1回はフルマラソンに出場しているというエピソードが紹介されている。
昭和の文豪などの退廃的な生活のイメージから考えると、なんとも小説家らしからぬ日常に感じるかもしれない。しかし、そういう小説家のイメージに対し、村上春樹はこの本の中で「真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。」と述べている。
健康と不健康を全く別のものとして切り離さずに、むしろ不健康さを適切に扱うために健康であるべきだと主張しているのだと思う。わたしはそのあたりを勘違いしていて、ただ不健康な生活に溺れ、それを面白いものだと捉えていたのだ。
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【ランニングを始めて変化したこと】
