ちなみに、2011年(平成23年)に「基幹ブランドを立て直す」と始まった「赤箱再生プロジェクト」の際には、「赤箱」シリーズの洗顔石鹸が一時開発された。だが、難航したために途中で頓挫している。
そんな状況のなか、ユーザーの口コミで「洗顔部門」第一位に選ばれたのは、青天の霹靂だっただろう。そのうえ、これを機に売り上げが急上昇したことで、社内に染みついていた思い込みが、数字をもって全否定されたのである。
このままでは「赤箱」がなくなる…強烈な危機感
2018年(平成30年)、「赤箱」ブランドが90周年を迎えたこの年、牛乳石鹸共進社 マーケティング部では大胆な転換策を示した。新たなコアターゲットを「石鹸を使ったことがない20代女性」と定め、「洗顔にも使えるプチプラコスメ」として打ち出すことを提案したのだ。だが、当時の主要顧客層は50〜60代。想定通りというべきか、社内の反応は芳しくなかった。
「『長年ご愛顧いただいているお客様に、感謝を伝えるプロモーションにした方がいい』『今の顧客をメインターゲットにするべきだ』という意見が根強くありました。一度はその方向性で、広告代理店が提案書を持ってくるところまで、話が進んでいたんです。
でも、私からしてみたら『ブランドの100年後を見据えたときに、今のままでは絶対残らない』という強烈な危機感しかありませんでした」
そう振り返るのは、当時のチームメンバーであり、現・マーケティング部 課長の藤松さんだ。こうした状況を打破するために取り組んだのは、社内のキーマンを一人ずつ説得することだった。
「メインユーザーは高齢化し、若い人の使用率がどんどん下がっています。今動かなければ、次の世代にブランドが引き継がれなくなるかもしれません。このままでは、私たちの大好きな『赤箱』がなくなってしまう……それでもいいんですか?」
「赤箱」をあたかも人質に取ったような説得は、長年商品を愛する社員の心にグサリと刺さったらしい。また、アワード受賞後に売り上げが伸びていたことも、大きな後押しとなった。結局、最後まで反対派は残っていたものの、賛成多数で提案が通った。
一度決まると、そこからの改革はこれまでの停滞感が嘘のように、スピーディーに進んだ。まずは、これまで「身体洗浄料」と位置付けていた商品を、「コスメ」として再定義した。クリエイティブはファッション雑誌に入っていても違和感のないデザインに一新し、コミュニケーションの中身を一気に変えていった。
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【「顧客視点」での製品開発へとシフト】
