生徒の不登校は森田教諭にとっても「心のしこり」だった。公立中は登校しなくても卒業できるが、高校は出席日数や定期試験の点数が基準に達しなければ進級できない。
筑女に勤務して34年になる森田教諭は、不登校で出席日数が足りなくなり、学校を去っていく生徒を何度も見送ってきた。
不登校の中学生を受け入れたとしても、高校で休みがちになれば卒業は難しい。
「仏教の教えを建学の精神とし、誰一人置いていかない教育を志向するわが校は、もっとできることがあるのではないか……。心苦しさを抱えていました」(森田教諭)
森田教諭は22年、校長ら学校幹部に通信制課程の設置を提案した。その選択肢に行き着いたのは20代のころ、福岡県の定時制高校で3年間勤めた経験があったからだ。
「女子高で夜間の定時制は難しいかもしれない。でも通信制ならと思ったんですよね。通信制があれば、うちの全日制を続けられなくなっても環境を大きく変えずに学校生活を送れる。残り少ない教師生活、心残りがないようにしたかった」(森田教諭)
しかし同僚たちの反応は薄かった。
「卒業生ならわかるでしょうが、筑女に通信制を作るというのは、中の人間からしても『突飛(とっぴ)』な発想なんですよ」(森田教諭)
伝統校と通信制のギャップ
1907年(明治40年)設立の筑女は、幼稚園、中高大学を擁する老舗の女子校だ(幼稚園は共学)。
高校は駅伝強豪校として知られ、小柳ルミ子(中学)や山本美月(高校)など多数の芸能人を輩出している。国公立大に毎年60人以上の合格者を出す進学校としての顔も持つ。
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【歴史と伝統ある女子校だからこその葛藤】
