最後の時間に人生の主導権を医療側に預けっぱなしにしてしまうと、最後は患者さんの誰も彼もがベッドの上でただジッと過ごすだけの、似たようなエンディング期間を過ごすことになります。
でも、本来であれば、同じ病気にかかったAさん・Bさん・Cさんがいたとして、彼らに残された時間が同じく3カ月だったとしても、異なる人生を歩んできた彼らの最後の過ごし方はまったく違っていいはずです。これまでの人生で大事にしてきた想いや人が、それぞれ違うんですから。
患者さんは、自分の好きなことのために生きていい。
家族や友人のために生きてもいい。
仕事ややりがいのために生きたっていい。
残り時間の過ごし方は、人それぞれであっていいはずです。
そして、家族はそうしたければ、去り行く人の最後を好きな形で応援することもできます。
だって、人生の主人公は、医療者ではなく、自分たちなんですから。
極端なことを言えば、最後はもう自分たちの好きにしていいのです。
「いい時間」は、そうした自由な時間の中にこそ、たくさんつくれます。
「いい時間」は、個人の人生の延長線上にある
ところで、自分たちらしい最後の「いい時間」とは、どんなものでしょうか?
ここで、人生の舵を取り戻した、あるご家族の話をしましょう。
私がお見送りに立ち会わせていただいた、ご夫婦の話です。
都内に暮らすヒロコさん(70代)は現役の美容師で、肺に持病がありました。
そんな彼女がある日、肺炎を起こして入院。さまざまな合併症が重なって、入院期間は半年を超え、ベッドから自力で立ち上がることができなくなりました。
「もう先は長くなさそうだ。妻をこのまま病院で……」と、ご主人は当初、考えていたそうです。ところが、ヒロコさんは「絶対に家に帰る!」と譲りません。
根負けしたご主人は、私たち在宅医療チームのサポートを得て、一時的にではありますが、奥さんを家に迎える準備を始めました。
ただ、2階建ての自宅は狭く、1階は美容室です。介護ベッドを置くスペースは美容室にしかなく、そこに入れた介護ベッドでヒロコさんは生活することになりました。鏡もタイル張りの床も美容室をやっていたときのまま。かなりユニークな光景です。
美容室のドアは、ヒロコさんがお店をやっていたときのように、日中は開けたまま。すると、常連さんやご近所さん、美容師仲間がふらりと立ち寄って、おしゃべりしていくようになったのです。どうしても自宅に帰りたかったヒロコさんが望んだのは、この時間でした。
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【自分たちらしい、特別な時間】
