1950年代にアメリカに進出した際、同社は日本食ではなく現地のバーベキュー文化に着目した。肉に醤油を合わせる「テリヤキ」という新たな食べ方を提案し、醤油をアメリカの食卓に溶け込ませることに成功した。
「テリヤキ」は今や国際語だが、この食文化は日本ではなくアメリカで生まれたものだ。現地の暮らしや食文化の中に醤油の新しい居場所を見出すという発想は、半世紀以上前から同社のDNAに深く刻まれている。
日本企業がアジアで勝つために必要な視座
キッコーマンの事例が示すのは、自国での成功体験や商品の「正しい使い方」を海外に持ち込むだけでは、市場は開けないということだ。
日本企業にとってアジア市場の重要性は増す一方にある。国内市場が人口減少で頭打ちとなる中、ASEANの人口は合計7億人を超え、GDP(国内総生産)はこの10年で倍増した。日本企業のASEAN投資額も過去10年でほぼ2倍に拡大し、各種調査が示す通りアジアにおける日本や日本企業への信頼も依然として高い。
しかし、アジアは一枚岩ではない。宗教、文化、言語、商習慣、メディア環境、情報の流通構造——国や地域ごとに全く異なる多様な世界だ。東京一極集中でテレビCMを打てば市場が動いた国内の成功体験は、ここでは全く通用しない。
求められるのは、現地の社会を深く洞察し、その文脈の中に自社のブランドを位置づけ直す力だ。キッコーマンがインドの食文化の中から「インド中華」という機会を見出したように、現地の社会インサイトこそがマーケティングとPRの起点になる。
そしてその社会インサイトは、日本人だけでは決して十分に得られない。どれだけ現地に駐在しようとも、その国で生まれ育った人間の肌感覚には敵わないからだ。筆者自身、シンガポールに移住して3年になるが、日々その限界を痛感する。
こうした観点から、筆者は26年3月31日、シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピンの6カ国において、各国を代表するPR専門家とともに、日本企業のアジア展開をコミュニケーションの側面から支援する専門家組織「PR Collective Asia」を立ち上げた。戦略を描く力と、それぞれの国の社会インサイトを読み解く力。この両輪が高度に噛み合わなければ多様な市場は攻略できないと考えたからだ。
「日本の醤油メーカーが、インドで、中華料理協会を設立」という三題噺のような一手の中に、日本企業がこれからのグローバル市場で戦い、勝つためのヒントが凝縮されている。自社の「正解」を疑い、現地の文脈の中に新たな「正解」を見出す力。それこそが、縮む国内市場を超えてアジアに打って出る日本企業に、今まさに問われている。
