出屋敷駅は、阪神尼崎駅だけでなく大阪梅田駅へのアクセスにも優れている。出屋敷駅で普通列車に乗り、尼崎駅で特急や急行に乗り換えれば約15分で着く。
この交通アクセスの良さは住むには魅力的だが、「出屋敷リベル」にとってはかえって仇となった。
「出屋敷リベル」がオープンする直前の1989年における阪神本線の乗車人員の1日平均は、尼崎駅約3万人、大阪梅田駅約11万6000人に対して、出屋敷駅はわずか約7000人である(尼崎市『尼崎市統計書 平成2年版』、大阪市『大阪市統計書 平成2年版』)。
尼崎駅と大阪梅田駅という巨大な商業集積エリアが近接しており、かつ駅の利用者が少ない出屋敷駅前において、70店舗を超える規模の施設が成立するのは困難であった。
郊外に建てられた大型スーパーやショッピングモールの影響も受けているだろう。尼崎市には「つかしん」や「あまがさきキューズモール」といった大型モールが存在する。
これらの大型モールの区画は基本的にデベロッパーが店舗へ貸しており、デベロッパーは社会の変化に合わせて店舗を入れ替える。売り上げ不振の店舗を退店させ、より集客力の強い店舗を入れるといった具合だ。
しかし「出屋敷リベル」の区画は分譲されているため、計画的な店舗入れ替えが難しい。競合施設が戦略的にリニューアルされていくなかで、「出屋敷リベル」は取り残されてしまった。
似たようなモールがほかにも存在する
冒頭にて、廃墟モールの誕生には7つの要因があると書いた。具体的には以下の7つだ。
①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、③アクセスの悪さ、④動線の設計ミス、⑤施設規模の不適合、⑥運営会社の破綻、⑦核テナントの撤退
「出屋敷リベル」廃墟化の大きな要因は、⑦核テナントの撤退だ。①競合施設の存在と⑤施設規模の不適合も当てはまる。
「出屋敷リベル」と同じくバブル期に再開発で建てられ、核テナントを失い、苦戦しているモールがほかにも存在する。続く後編ではその事例を取り上げ、より詳しい背景を探っていく。
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