杉浦さんは東京都に、サラリーマンの父親と専業主婦の母親のもと生まれ育ちました。
小さい頃の杉浦さんは、好奇心の強い子どもだったそうです。教育熱心な家庭・地域で生まれ育った杉浦さんは早くから中学受験を意識する環境の中にいました。
「本をとにかく読めと言うのが親の方針で、小説も漫画もなんでもいろいろ、たくさん読んでいました。小1〜小3くらいは公文に行っていて、小3の終わりくらいからSAPIXに通い始めました。地区の公立小学校では受験する人が多かったので、全然トップではありませんでした」
第1志望は駒場東邦だったものの、6年生になってから京都大学出身の父親が、武蔵の校風が京大と似ていると勧めてくれたことで、武蔵高等学校中学校に志望校を変えた杉浦さん。合格圏内の成績だったこともあり、無事合格して武蔵に入学しました。
高1~高2でコロナ禍を経験
武蔵高等学校中学校に入学した杉浦さんは、順位が出ない学校だったものの、体感ではずっと下のほうの成績だったと当時を振り返ります。
「同級生は170人いて、最初のほうは自分は半分くらいか、少なくとも下位3分の1までには絶対入っているだろうなというイメージでした。でも、中3くらいまでは全然勉強しませんでした。中3が終わったくらいからちょっと受験のために勉強する人が出てくるんですけど、それでもあまりしませんでした。
高1〜高2にかけてコロナ禍の期間が長すぎたので、勉強に身が入らなくなって、そこで勉強している人と、自分のようにしていない側との差が決定的になったと思います。それが、だんだん下がっている感じで、最終的には下位3分の1くらいにいたような感じがします」
「大体の武蔵生が受験勉強を開始する高3くらいから受験勉強を始めた」と語る杉浦さんの志望校は、父親が行っていた京都大学でした。



















無料会員登録はこちら
ログインはこちら