「落ちたのは残念、でも…」2浪東大合格者が2026年度の大学入試で泣いた子、笑った子に伝えたいこと

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大学受験も同じです。東大を目指して不合格になり、早稲田大学に進学する人がいます。一方で、早稲田大学を第1志望に掲げ、合格して喜んでいる人もいます。

同じ「早稲田大学への入学」というゴールでも、片方は「不合格を経てたどり着いた場所」であり、もう片方は「第1志望に合格した場所」です。誰かにとっての第1志望が、別の誰かにとっての第2志望である。そんな当たり前のことを、受験の渦中ではつい忘れてしまいがちです。

不合格は「挑戦した証」

今は大学全入時代と言われて久しいですね。本当に選ばなければ、どこかの大学には入れる時代です。それでも不合格になったということは、より高みを目指したからに他なりません。

「確実に受かる大学」ではなく、「受かるかどうかわからないけれど、行きたい大学」に手を伸ばしたからこそ、不合格という結果が生まれるのです。

言い換えれば、不合格とは挑戦した証明です。

受かる確率が低くても挑んだ。失敗するかもしれないと知りながら、それでも諦めずに勉強を続けた。そのことは、合否の結果にかかわらず、ひとつの事実としてあなたの中に刻まれています。誰にも消すことのできない、あなただけの記録です。

不合格って、失敗じゃない。先生が言っていたのは、つまりは「受かるかどうかわからないのに挑戦したという意味で、失敗だとは言い切れない」ということなのだと思います。

昨今、若い世代を中心に「コスパ」「タイパ」という言葉をよく耳にします。効率よく結果を出すことが美徳とされる時代において、東大を目指して不合格になり早稲田大学に進学することは、一見「コスパが悪い」と思われるかもしれません。

最初から早稲田大学だけを目指していれば、もっと楽に、もっと効率よく合格できたかもしれない。東大受験のために費やした数学や社会の勉強、費やした時間と労力──それがマイナスだと捉えてしまえば、確かに「失敗」に見えるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

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