林望が説く「電子本は読書にあらず」 紙の本の手垢と書き込みこそが"真の学び"となる理由
それゆえ、今は本をせっせと読む人が減りつつあるように観察されますが、それが電子本でしか読めなくなったら、もはや日本の書物文化は滅びの道をたどるのではないかとさえ危惧します。
ご参考までに、全国出版協会・出版科学研究所が発表した2024年(1月〜12月)の日本の出版市場(推定販売金額)のデータに基づき、紙の本と電子書籍の売上高(市場規模)を紹介しましょう。
それによると、紙の出版物は1兆56億円。そのうち、書籍5937億円で前年比4.2%減、雑誌4119億円で前年比6.8%減。一方、電子出版市場は5660億円と、やや紙の本の半分近くまで迫っている……ように見えますが、とはいえ、そのうち電子コミックがじつに5122億円を占めている……つまり電子本の9割がコミックなんですね。それ以外の電子の書籍・雑誌は僅かに500億円足らずです。
もう電子本が日本で販売されるようになって、ずいぶんの年数が経ちましたが、結局、日本の「読書」の世界では電子本はいっこうに普及などしていない、それが厳然たる事実です。
それは、何故なのか。ちょっとそこを考えてみましょう。
じっくり向き合う楽しみ
紙の本には、そこに実在するモノ(オブジェクト)としての楽しさがあります。
手触り、紙としての質感、新刊や古書の匂い、重さ、装訂のデザイン、古書ならばそれが何十年か生き残ってきた歴史の痕跡、写本なら墨で書かれた文字の個性や美しさ……そういう「味わい」が紙の本には在るということの結果として、ずっと座右に置けば、そのモノとしての存在感が、いろいろと私に話しかけてきます。
また、ちょっと角度を変えると、本は手に取って読むに従って、いろいろな書き込みなどをして、自分の「手垢」……言い換えると「読んだ証し」が付いてくる。そうなってからが、本は、ほんとうの「我が物」になっていくのです。読書というのは、そういう営為全体を含めたことがらなのだと、私は思います。



















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