1996年、夫は大学内の派閥争いに巻き込まれ、日本を離れた。友人を頼り、スペインへ渡る。
広子さんは父親の体調が思わしくなく日本を離れられなかったが、3年後にスペインで夫と合流した。
渡西の前年、広子さんの父親と夫の母親が、わずか5日違いで亡くなった。広子さんの両親はかつて結婚に猛反対していたが、長い年月の中でしだいに関係は和らぎ、最終的には2人の結婚を認めていたという。
それぞれの親を見送った二人は、遺産でスペインの山あいに家を買った。新しい土地でやり直す――そんな気持ちもあったかもしれない。だが、新天地でも試練は続いた。
「あの時は本当、とんでもなかったなあ」と広子さんは当時を思い出して微笑む。
「暴言を毎日のように吐かれていました」
スペインでの暮らしは、また別の大変さがあった。言葉が通じない土地で、頼れるのはお互いだけ。社会的地位を失い、プライドを傷つけられた夫の苛立ちは、広子さんに向けられた。
「暴言を毎日のように吐かれていました。私、どうしてここにいるんだろうって思うようになって。誰も私のことなんて必要としてないよな……と思っていました」
うつ状態になり、一度は家を出た。車で30分ほどの場所にアパートを借り、住所は夫に教えなかった。それでも毎朝、電話がかかってきたという。
壊れかけた関係が、劇的に修復されたわけではない。ただ、続いた。終わらせることができなかった――そう言うべきかもしれない。
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【夫と死別…】
