超音速ミサイルが暴いた「絶対防衛」の虚構 矛も盾も弱体化しつつあるアメリカ軍事力の行方

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巨大化するアメリカへの恐れを抱いたハミルトンは、未来にトランプ大統領のような者が出現することをすでに200年以上前から予想していたのだ。

フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』という書物は、ある意味、誤解された書物である。ソ連東欧の崩壊の後、アメリカによる資本主義の勝利、民主主義社会の勝利を喧伝するための書物というレッテルが貼られてしまったことが、この本の重要な視点を見誤らせてしまったためだ。

『歴史の終わり』にあるフクヤマの本音

実は悲観的なフクヤマは、民主主義という歴史的終焉には保留をつけているのだ。それはこの社会が、人より優れているという自負、すなわち人間のもつ「優越願望」、力への意志を、うまく制御すること、すなわち人に役立つように昇華させることができる限りにおいてであると。

優越願望を持つ人間を権力の虜にさせない方法は、商業社会にある。彼らを政治権力という力の世界から商業社会に向かわせることで、政治に無関心にさせ、彼らの暴力を消滅させうるからである。フクヤマはアメリカのような民主主義社会の特徴を、こう述べる。

「このような野心家を生涯にわたって経済活動に縛りつけておけるというのは、民主政治の長期安定にとっても決してマイナスではない。それは、こういう人々の築いた富が経済全体をうるおすせいだけではなく、その当人たちを政界や軍隊から締め出しておけるからである。政治や軍隊に手を染めると、彼らは自国での刷新や海外での冒険をもくろむまでおちおち休んでいられなくなってしまうだろうし、そのために国家にとって悲惨な結果を招く恐れもあるのだ」(新版『歴史の終わり』(渡辺昇一訳、三笠書房、下巻230ページ)

まさにハミルトンが恐れたことがここにある。トランプのようなビジネスの成功者は、多くの場合野心家でもある。もしそうした人物が政治の世界に目を向けたらどうなるか、政治は彼の個人的願望の犠牲になるだろう。

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