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「備中高松城の水攻め」秀吉は巨大堤防を築いていない? 近年の水文学シミュレーションが導き出した《2つのシナリオ》

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備中高松城水攻め史跡公園
備中高松城水攻め史跡公園(写真:マーちゃん / PIXTA)
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この戦いが現代に示唆するものは小さくない。

現在、気候変動の影響により、短時間に大量の雨が降る極端な現象が各地で頻発する。こうした状況の中で重視されているのが、ダムや堤防だけで水を制御するのではなく、流域全体で水を受け止める「流域治水」という考え方である。

備中高松城の事例が示しているのは、水の挙動は単一の構造物によって決まるのではなく、地形、土地利用、水の流れの組み合わせによって決まるという事実。

どこに水が集まりやすいのか、どこで水が滞るのか、どこを遮断すれば水位が変わるのか。こうした関係性を理解することが、水をマネジメントするうえでの本質となる。

この点は、現代の水文学的分析によって明らかにされたものであるが、同時に、戦国期の武将たちもまた、観察や経験からこうした関係性を把握していたのだろう。

豊臣兄弟「観察や経験から水の挙動を読み取った」

秀吉や秀長をはじめとする武将たちは、河川の流れ、低地の広がり、湿地の位置といった地形条件を、戦場における有利・不利として経験的に読み取っていたと考えられる。

とりわけ備中高松城のように、低地に位置し、水が滞留しやすい場所では、水の流れをわずかに変えるだけで周囲の環境が大きく変化することは、現地観察の段階でも認識しえたはずである。

蛙ヶ鼻周辺のように、水の流れを制御しうる地点が存在する場合、その地点を押さえることが戦況を左右するという判断も、経験的知識の範囲で導かれた可能性がある。

すなわち、水の流れそのものを数値的に把握していたわけではないにせよ、「どこを押さえれば水がたまるか」という地形と水の関係については、戦術判断に組み込まれていたと考えることができる。

現代の治水においても、堤防を高くすることだけが解決策ではない。水があふれる場所をあらかじめ受け入れ、流れを分散させる設計が求められている。

水を「押さえ込む」のではなく、「逃がし、受け止め、遅らせる」発想。備中高松城の水攻めは、意図的に水を氾濫させる戦いであったが、その背後にあるのは、水の流れを読み取り、環境を変えるという知恵であった。

その視点は、災害と向き合う現代社会においてもなお、有効な示唆を与えてくれている。

出典
根元裕樹、泉岳樹、中山大地、松山洋『備中高松城水攻めに関する水文学的研究―洪水氾濫シミュレーションを用いて―』(『地理学評論』86巻4号、2013年)

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