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「備中高松城の水攻め」秀吉は巨大堤防を築いていない? 近年の水文学シミュレーションが導き出した《2つのシナリオ》

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備中高松城水攻め史跡公園
備中高松城水攻め史跡公園(写真:マーちゃん / PIXTA)
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これらに共通する条件として、蛙ヶ鼻周辺において水の流れが遮断されていること、そして足守川の水が盆地内に流入していることが指摘されている。

周辺の地図(画像:『備中高松城水攻めに関する水文学的研究―洪水氾濫シミュレーションを用いて―』より)

また、シミュレーション結果から、水攻め堤の高さは最低1.5メートル以上である必要があることが示され、さらに分析の総括として、蛙ヶ鼻周辺において約3メートル規模の堤を築くことで水の流れを制御し、足守川の水を備中高松盆地へ流入させることで氾濫が生じた可能性が示されている。

こうした分析を踏まえると、備中高松城の水攻めは、「巨大な人工堤防を短期間で築いた」という1点で説明される戦いではないだろう。むしろ、城の立地と周囲の地形、水の流れといった条件を前提として成立した「水位を管理する戦い」であったと考えられる。

実際の戦いでは、通説が描くように、一度に巨大な堤防を築いて水をせき止めたというよりも、水の流れを少しずつ変えながら、徐々に浸水範囲を広げていったのではないか。

まず城の周囲に広がる低地という「水がたまりやすい地形」が利用された。そのうえで、蛙ヶ鼻周辺のように水の流れを左右する要所において、土を盛るなどの比較的小規模な土木工事によって流れが調整されたと考えられる。これに降雨や河川水位の上昇が重なることで、水は逃げ場を失い、結果として周囲の低地に広がっていった。

地形と水の動きを把握する戦い

つまり、水攻めとは「一度に大量の水を流し込む作戦」のイメージがあるが、実際には、地形と水の動きを利用して、水が自然に広がっていく状況を作り出す戦いであったのだろう。

どこで水をせき止め、どの程度の水位を維持するかによって、城内の生活環境や兵站が大きく左右される。水が徐々に城内に侵入すれば、兵糧や武具の保全は困難となり、衛生環境も悪化する。

戦闘そのものではなく、環境の変化によって心理的な不安を煽り、次第に戦意を削ぐ。守る側にとっても持久は困難だ。清水宗治が切腹し、和睦によって開城に至った背景には、水によって生活基盤そのものが侵食されていく状況があったと考えられる。

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【観察や経験から水を制御する本質を把握していた】

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