まいみーるさんは1999年5月9日、大分県出身の循環器内科勤務の医師の父親と宮崎県出身で腎臓内科勤務の医師の母親のもと、宮崎県に生まれ育ちました。
小さい頃のまいみーるさんは、一人で何かを探究することを好む子でした。
「母が言うには、2歳くらいの時からテレビのリモコンをいじったり、カーテンの紐をずっと観察したりしていたそうです。そこにあるものをすごく探求し、仕組みを見つけていく子どもだったようで、不思議ちゃんだったのかなと思います」
公立小学校時代は勉強しなくてもある程度できたため、中学受験をして進学。1年生の時に両親の離婚によって途中から大分県に引っ越し、そのまま県内の公立中学校に通ったものの、この頃から成績が下がり始めたそうです。
「小学校の頃から出された課題を出していなかったんです。小学校時代はそれでもついていけたのですが、中学校からわかりやすく成績が落ちていったんです。ただ、中2の真ん中あたりから入った鬼塚塾という塾がスパルタで、そこでなんとか勉強する習慣をつくっていました。その塾では、その日に習ったことを最後に口頭諮問してもらって、わからないと帰れなかったんです」
高校入学後に成績が急降下
鬼塚塾でつくった勉強習慣があったためか、高校受験では大分県立別府鶴見丘高等学校の難関クラスに入ることができます。しかし、高校からは本格的に成績が転落しました。
「7クラスのうち1クラスだけ入試の上位40人が入る難関クラスがあって、運よく私はそこに入ることができました。ですが、朝起きられないので寝坊からの遅刻も多く、赤点ばかりで、最初に受けた試験は41人中40位でした。2年生になる頃には難関クラスから落とされ、高校が終わる頃には、学年280人の中でも下位で、200番くらいになっていました」
好きだった生物だけは得意だったものの、だんだん成績が下降したまいみーるさん。一方で、『ビリギャル』に感銘を受けたことがきっかけで、当時の彼女は慶應義塾大学の環境情報学部を第1志望にしていました。





















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