こういったことは、識者の間では常識だ。経済界のソ連通やマスコミでも、軍事専門の記者は「ソ連脅威論」を一笑に付していた。当時は日本の物資がなければ極東は維持できない。例えば、択捉島天寧基地の滑走路も日本製セメントである。逆に日米がオホーツク海に攻め込む勢いでもあった。
アメリカ軍や海・空自衛隊もそうだ。防衛庁(当時)と陸自による「ソ連が北海道に上陸する」シナリオに対して、「バカらしい」と当初は演習の協力を拒んでいた。後に参加するようになったのは、防衛費を増額するうえでの世論工作に協力するためである。
現在の台湾有事に関する議論や「先島連動論」も、当時と変わらない。まずは防衛費増額や陸自の組織防衛という結論がある。それに合わせて、現状では起きない台湾有事や存続事態、先島への同時侵攻の可能性を強調している。これにも情報職域は異論を唱えた形跡はない。実態を知る立場でありながら、やはり唯々諾々と協力しているのである。
公安調査庁の「共産党は監視しないと危険」も同じだ。共産党を監視するための組織である以上、「監視する」以外の結論は出せないのだろう。ただ、日本国憲法を不磨の大典として扱う今の日本共産党に、体勢転覆の意図があるのか。仮にその意図があっても、今の勢力で危険視する必要があるのか。牽強付会もいいところである。
公安警察を見ても片鱗らしきものはある。例えば過激派が発射したという「迫撃弾」は、当初は「金属弾」と報道されていた。ただ、それでは過激派の危険性を強調するうえで弱い。仮説だが、警察発表を統制して報道を「迫撃弾」に誘導したとすれば、公安が起源の可能性も否定できない。
国を誤らせないか
日本の情報組織に対して、絶対の信頼をおいてよいものか。そのような不安が残る。そのうえで国家情報局を作ればどうなるだろうか。似た性質をもつ情報組織同士が集まって情勢を判断する。情報組織の職員同士で仕事を進めるとどうなるか。
今まで以上に上層部、つまりは政権が要求する結論を出すようになるのではないか。それどころか、要求がなくとも政権が喜ぶだろう結論を出すようになるのではないか。
これまで可能だった、情報機関同士の突き合わせもできなくなる問題も生じる。現状では露骨な政権忖度があっても、他の情報組織が発表することでその問題をあぶり出すことができた。国家情報局の統括となると、それもできなくなってしまう。それからすれば「国を誤るのではないか」との危惧がどうしても生じるのである。
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