その後、今年1月に衆議院解散報道が流れる。立民と公明は合流を決め、中道を旗揚げした。野田氏は野党結集のチャンスとみたのだろう。国民民主にも参加を呼びかけ、当時の安住淳幹事長が国民民主の榛葉賀津也幹事長に接触したが、どの党とも合流しない方針の国民民主は即座に拒否した。
そこまで必ずしも距離が近かったとはいえない立民と公明が足並みをそろえ、新党を作った。だが、結果は惨敗だった。両党は前回24年の衆院選では計172を獲得したが、中道の議席は49にとどまり、123の大幅減となる。新党作戦の賭けは完全に裏目に出たのだ。
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