「福岡県民がホッとする"やわモチ麺"はこうして誕生」─焼肉主軸だった《ウエスト》がうどんで地元の定番になった訳

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「物件が契約満了になると、家賃が上がってしまうことがあるんです。単価の低い日常食として提供しているので、採算が合わなくなる店舗が出てきました」

物件の契約更新時に家賃が大幅に上がって、採算が合わなくなってしまい、店舗が黒字のまま撤退するケースが増えているという。原材料や建設費の高騰も重なり、新規出店のハードルも上がっている。かつて100店計画で拡大を続けた勢いとは、環境が大きく異なる。

もう1つの課題は人だ。ウエストのうどん店は、直営よりも「経営パートナー」と呼ばれる、業務委託店舗が多い。パートナーの高齢化が進むにつれ、体調不良や引退で、続けられなくなるケースも出ている。その影響は営業時間にも及ぶ。

「24時間がだんだんできなくなってきた」

かつては「いつでもお腹いっぱい食べられる」を掲げ、24時間営業が基本だった。現在は24時間営業の店舗は減少している。うどんはウエストを救い、広げ、定番にした。だが今は、そのうどんをどう維持するかが問われている。

現在のウエストは「どう増やすか」ではなく、「どう守るか」に変わっているのだ。

うどん・ウエストの積み重ねが躍進を生んだ

うどんウエストの厨房(写真:株式会社ウエスト)

振り返れば、2000年以降の躍進は、奇策ではなかった。1999年に掲げた「うどん100店計画」で、まず街に可視化された。年間10数店というペースで出店を重ね、「どこにでもある店」へと変わっていった。

同時に、味の作り方を仕組みに変えた。冷凍麺で不本意な一杯をなくし、出汁パックでブレを抑え、揚げたて天ぷらで体験価値を引き上げた。店舗が増えても崩れない構造を整えた。

さらに、「断然おいしくなりました」とCMで宣言し続けた。改善を公言し、音とフレーズで記憶に刻み、やがて語られ方が変わる。会話の入り口が焼肉からうどんへと入れ替わった。その積み重ねが、ウエストを「福岡の定番」へと押し上げたのである。

そして今、拡大から維持へとフェーズは移りつつある。それでも、うどん一杯を安定して出すという姿勢は変わらない。これからもウエストのうどんは、福岡県民の定番として愛され続ける。

前編:かつてはロードサイドに輝く《巨大ネオン》が象徴だった売り上げ157億円チェーン…同じ屋号で運営する意外な理由
大塚 たくま SEOライター・編集者

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たくま おおつか / Takuma Otsuka

2010年よりテレビ局のADとして活動。2016年からSEOライター・編集者に。2019年独立後は食や地域を題材に記事を執筆。2022年に株式会社なかみを創業し、ローカルWebメディア編集長やSEOコンサルとしても活動中。福岡県田川市出身。

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