3.11で内定を捨て気仙沼へ 「復興まちづくり→探究学習の支援」手がけるNPO代表の物語《気仙沼から能登へつなぐバトン》
探究的な学びには、自分ごとにできる課題が必要ですが、日本の地域には身近な問題が山のようにあります。気仙沼だけでも、温暖化による不漁や少子化による中学校再編成など課題の設定には事欠きません。
高校生向けには学びの産官学コンソーシアムを立ち上げ、地元の仕事を実践的に学ぶ場や「プロジェクト探究クラブ」を設置。中学生向けには、放課後に集まって一人ひとりが自分のテーマを探究し、行動に移す「プロジェクト探究部」を設け、さまざまなプログラムを企画しました。
2年ほど前に開始した小学生向けには、「放課後たんけん」として月3回ほど、コーチと一緒に体育館で体を動かしたり、路線バスで地域を巡って、「春立ち菜」(はるだちな、三陸地方の新しい野菜)を探したり、地元のりんご農家を訪ねたり、探究心の基礎となる好奇心を育てる取り組みを行っています。
能登半島地震で動き出した「卒業生」
24年1月、能登半島地震が起きたときには、気仙沼で中高生時代に探究学習を経験したいわば「卒業生」たちに声をかけ、ボランティアとして能登に行きました。現地を訪れ、泥かきをし、児童たちと遊び、地元の高校生との交流の時間を設けました。
「気仙沼で育った大学生に声をかけたところ、“次は私たちの番です”と強い意志を表明してくれました。共に能登に行った大学生は、幼少期に東日本大震災を経験し、復興の過程を見てきた世代です。
外で遊んだり、大きな声を出してはしゃいだりができないなか、ボランティアで来てくれた大学生と遊んだり勉強したりした時間が、楽しかった思い出として彼らの記憶に残っている。
がんばれと声をかけずとも、気兼ねなくただ一緒に遊ぶだけでいいということを実体験として知っているんですね。だからあのときのかっこいい、優しい大学生のように、今度は自分たちが能登の子どもたちと遊んだり、勉強したりするんだと言っていました」
気仙沼から能登へつなぐバトン――。加藤さんがこれを実感したのは、25年3月の春休み期間中、気仙沼の高校生を連れて石川県・輪島市を訪れたときです。
「気仙沼の高校生が輪島の方に“大丈夫です。必ず復興できます”と力強く言っていたんです。
1月に能登半島地震が起きて、9月に豪雨災害。追い打ちをかける新たな被害に、本当に復興は可能なのか……という空気も流れていたように思います。その霧を一瞬で吹き飛ばす言葉で、輪島の方々はその言葉に励まされたようでした。
“気仙沼の高校生が大丈夫だと言えるのは、気仙沼の大人が真摯に復興に取り組んだ証しですね。能登の高校生を気仙沼に連れて行って、復興したあかつきにはこうなるんだよという将来の姿を見せてほしい”と言われました。それで、能登の高校生向けの気仙沼での合宿プログラムも実施したんです」
能登半島地震と豪雨災害をきっかけに行った、能登や気仙沼の高校生、大学生ボランティアのための合宿企画を通して立ち上がったのが、ワークキャンプ事業です。




















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