「人間が大変なときに何をやってるんだ」…福島で飼い主と離れ離れになった犬猫保護"その後" 震災当時の猫5匹も暮らす

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「車酔いで吐いてしまった犬がいて、内容を見ると、プラスチックみたいなものが交じっていた。一体何を食べていたんだろう、と胸が痛かったです。また犬や猫を飼っていて避難できないから、と、電気も水も通っていない家にお年寄りが一人で家にいたり……。そういうケースが結構ありましたね。考えられない世界ですが、そのときは現実でした」(二階堂氏)

「人間が大変なときに何をやってるんだ」

放射能に対する忌避意識にも立ち向かわなければならなかったという。

「浜」から動物を連れてくるというだけで、嫌がられることも多かった。

「具合の悪い動物を病院で見てもらおうとしたら『洗ってから連れてくるように』と言われました。でも、当時は避難指示の出ている区域(福島第一原発から半径20km以内)で汚染されているという扱いだったので、洗える場所もなかったんです。『人間が大変なときに何をやってるんだ』という反応も多くて、『すみません』と謝りながら活動していました」

実際にはウェットタオルなどで拭き、放射能計測器で計測するなどの対策を取っていたという。また二階堂氏は家族もいたため、帰宅するとまず外にある水道のところで服を脱ぎ、水で体を流してから家に入る、という手順を毎日繰り返していたそうだ。

スクリーニングを受けてから運び出す
スクリーニングを受けてから運び出す(写真:SORAアニマルシェルター)

危険を冒しながらの大変な活動に対し、温かいとは言えない言葉や扱いを受けるのは辛かったことだろう。

こうした二階堂氏らボランティアの活動は、県や市が動物救援本部の運営を開始する5月まで続いた。この間、保護した数は「数えられないほど」だったが、無事飼い主に返せた犬や猫の割合はかなり高いという。

中には、避難所生活者で、ペットと一緒に暮らせる場所を探す間、預かってくれということもあった。多くは1週間ぐらいで返すことができたが、結局見つからないケースもあった。

「他の里親を探しますよ、と話したのですが、『いや、預かっていてくれ』と。シェルターで一生を終えてしまった子もいます。前代未聞の災害にあい、飼い主と離れて暮らすようになっても、SORAアニマルシェルターに来たことは幸せだったなあと犬猫たちに思ってもらえるよう、スタッフやボランティアさんと『世界一楽しいシェルターにしよう!』と頑張っていました」(二階堂氏)

今、SORAアニマルシェルターには犬12匹、猫21匹が暮らす。震災当時の猫も5匹いるという。高齢なので「ほやほやー」としているが、元気だそうだ。

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