「人間が大変なときに何をやってるんだ」…福島で飼い主と離れ離れになった犬猫保護"その後" 震災当時の猫5匹も暮らす
やっとの思いで福島市内に入った二階堂氏が見たのは、地震の爪痕、そして福島第一原発事故への不安がもたらした荒廃だった。
「道路は激しく地割れし、マンホールが飛び出ていた。大きな余震が立て続けに起こっている状態で人は外に出られず、街からは人の姿が消えている。ガソリンが不足し、8時間並んでも20リットルしか買えないという話だった。そんな中、犬や猫のフードを運んできたから、荷下ろしを手伝ってくださいとはとても言えませんでした」(二階堂氏)
最終的には同級生に頼んで荷下ろしをし、仮の置き場所として、福島市内の実家にいったん運び入れた。そして翌26日から、様子見を兼ねて相馬などの被災地に向かい、実際に物資を避難所に届ける活動を開始する。
野生化して群れになってしまう懸念も
放浪している犬や猫にはその場でご飯と水を与えた。うろうろしている犬にフードをあげようとしたところトコトコ歩き出したので跡をつけてみると、犬小屋があり、空っぽのご飯の容器と水桶、つながれた鎖には首輪が残されていた。
餌をもらえなかったため痩せて首輪が抜けてしまった犬が、家の周りで飼い主を待ち続けていたのだと分かった。
「避難所でも『自宅に犬や猫がいる人、いないですか』と声をかけて回りました。浜(=浜通り。福島の海側の地域)で活動していたらあっという間に噂が広まって『犬をつないでる、助けて』などの依頼がたくさんくるようになりました」(二階堂氏)
そのため、福島第一原発から半径20kmの避難指示区域内にも活動を広げることになった。もちろん立ち入りが禁止されており、バリケードで囲われているが、ボランティアは「自己責任で」とのことで特別な許可を得た。この頃には、二階堂氏のほか、2名が常駐、週末には10名ほどがボランティアとして現地に入っていた。そのほかにも地元や、首都圏、関西圏のボランティアの方も活動していたという。阪神・淡路大震災で培ったノウハウを提供してくれた団体もあった。
動物保護の手順は次のとおりだったそうだ。
放浪している犬や猫については捕獲し、シェルターにしていた実家で保護する。犬は2〜3カ月も放浪していると野犬化し、群れをつくってしまう。しかしまだこの頃は、飼い犬の性質が残っており、人を見れば近寄ってくる犬もいた。
ペットが取り残されている住宅については勝手に連れ出すと泥棒になってしまうため、フードを置き、連絡先の貼り紙をしておく。連絡があれば飼い主の許可を取って動けるが、問題は連絡がない場合だ。最終的には役所に問い合わせを行い、飼い主が帰れない状況にあるとみなし、保護を行ったそうだ。




















無料会員登録はこちら
ログインはこちら