「僕はもう邪道中の邪道」「番組が低視聴率で思い知った」…過去の失敗も赤裸々に語る、《古舘伊知郎》71歳の現在地
準備段階では言葉がうまく出てこない焦燥感で押しつぶされそうだったというが、それでも実際の本番では無我夢中になってしゃべり続けた。
「2時間15分ぐらい無我夢中でしゃべりきって。酸欠状態で疲れきって。ホッとして出てきたんですが、その暗がりの後ろ姿、演出の人に向かって『な、俺は本番に強いんだよ』って自慢して。前の日の言い訳をしたらしいんですけど、それは覚えてないんですよ。人間ってのは疲れきったとき、本音の悪いところが出るんだなって。
でも、そのときにひとつ覚えたのは、人間っていうのは、最悪の本番を直前にやっといたほうがいいということ。最悪の本番を事前にやると、そこから下がらずに、あとは上向くしかないから。だから前の日のリハはあんなにひどくて、たどたどしくて、めちゃめちゃで、言葉が出てこなくて。地獄のような苦しみだったんですけど、最悪の本番をやっといてよかったなと思いましたね」
そんな「トーキングブルース」を“無駄の塊”だと言い切る古舘氏は、現代社会を覆う「タイパ」「コスパ」至上主義に強い違和感を抱いている。
「若い世代が効率を求めるのは、無理もないと思っています。失われた30年で実質賃金が下がり、経済的に余裕がない。自分の時間を安売りしたくないという気持ちはよくわかる。『僕の大事な5分間という人生のひとコマを、お前みたいなやつのトークで埋め尽くしてなるものか。1分20秒で済ませてくれないか』って。自分もそういう立場だったら、絶対損したくないだろうし」
無駄を重視するか、タイパを重視するか。「もちろんどちらが正解ということはない」と前置きしつつ、古舘氏はこう考えを語る。
無駄なものから意味が生まれることもある
「僕が打ち合わせに参加すると話が脱線して、30分が1時間になります。時間がかかるというのはタイパが悪いわけです。各自座って30分もあれば、連絡や報告事項で終わりですよね。その狭間の無駄話がないわけだから。
でも僕なんか、無駄話からすべてが始まると思っているし、無駄が大好きな人間なんで。無駄がなくなるのは悲しいなと思うんです。もちろん効率よくやったほうがいいということはあるんですが、無駄なものから意味が生まれたりすることもあるんです。無駄というスロットマシンで勝負していると、ときどき金貨が出てくるんですよ」





















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