お目当ては「店そのもの」 工場の片隅の弁当店に全国から人が集まる"不思議" 20年前に姿を消した「サラヤ」の面影を求めて
サラヤの歴史をひもといたところで、冒頭の兵庫県に残る「現存する1店舗」に話を戻したい。
本家の三島食品でさえ2025年まで把握していなかったという、サラヤの“生き残り”。現存する最後のサラヤの店名は「ブンセンニギー」だ。
海苔つくだ煮「アラ!」で名を馳せる食品メーカー「ブンセン」が運営する。取扱商品は、自社製造のおにぎりや冷凍おかずセット、カップ麺などだ。
なぜ1店舗だけ残ったのか?
そもそも、20年以上前に「閉店」しているはずの店舗が、なぜ今も営業しているのか。ブンセン総務部長の髙島宏明さんに話を伺った。
「40年以上前のことなので、詳細を知る者が私を含めていません。ただ、当時の社内報によると、サラヤへのフランチャイズ参入は、社をあげての一大プロジェクトでした。
のりむすび専用の工場を新設し、立ち上げメンバー総出で三島食品に研修を受けに行ったようです。1979年に、姫路市やたつの市といった兵庫県西部を中心に出店しました」
当初の目標は40店舗。想定以上の売れ行きを記録し続け、ピーク時には目標の2倍以上の98店舗まで数を増やしたという。サラヤが集計した最大店舗数の15%弱を占める。当時のロードサイドの弁当需要の高さがうかがえる。
しかし、ブンセンもまた時代の流れには抗えず弁当事業を縮小し、2000年にフランチャイズから撤退した。
「1店舗だけは、社員向けの売店として利用するために残したようです」
撤退以降も、当時の店舗デザインのまま、20年以上活用し続けている例は珍しい。その背景には、隠れた立役者がいた。店頭に立ち続ける女性、田中淳子さん(66)だ。





















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