お目当ては「店そのもの」 工場の片隅の弁当店に全国から人が集まる"不思議" 20年前に姿を消した「サラヤ」の面影を求めて

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オレンジ色の箱型店舗がトレードマークのサラヤは、各地のロードサイドに点在していた。ドライブイン感覚で手軽においしい弁当が買える店として人気を集めていた。ピーク時には全国741店舗まで広がったという。

しかし、サラヤはコンビニの台頭とともに姿を消し、2001年に閉鎖。チェーン展開していた会社からはすべて撤退しているはずだった。

ではなぜ、サラヤが閉鎖して20年以上経過した今でも、兵庫県のこの場所にだけ残っているのだろうか。

サラヤ
工場ならではの無骨な風景と店の素朴な佇まいがあまりに対象的(写真:筆者撮影)

コンビニ文化の先駆け、ピーク時は700店舗超

ふりかけ「ゆかり」で知られる三島食品。新たな分野を切り開こうと1970年に惣菜事業部を立ち上げ、惣菜店を出店する。

垢抜けたデザインの店舗の雰囲気に加えて、店内で提供していたおむすび「のりむすび」が好評を博した。おむすび用に開発したというこだわりの海苔は、しっとりしても味わい深く、出せば出すだけ「飛ぶように」売れた。

このにぎわいを受けて、1973年には国道沿いの自社施設内に、小さな箱型店舗をテスト出店する。これがオレンジ色の外観で知られる「サラヤミニショップ」の始まりである。

サラヤミニショップ
(写真:三島食品)

まだコンビニも少なく、弁当やおむすびを気軽に買う文化が一般的でなかった時代。ロードサイドに現れた小型の弁当店は、ドライブ中の若者や家族連れに人気を集めた。

評判は県境を越え、関西を中心に各地から出店の引き合いが相次いだ。そこでサラヤは全国拡大を図るためフランチャイズ方式の導入を決定、1974年サラヤとして子会社化した。

北は石川、東は埼玉、南は沖縄と、1980年代のピーク時には西日本を中心に741店舗に広がった。サラヤは、その特徴的な外観から「オレンジショップ」の愛称で親しまれたという。

サラヤ
(写真:三島食品)

しかし、弁当チェーン店やコンビニ店の台頭など時代の変化のなかで事業は縮小し、2001年にサラヤは閉鎖。同時にオレンジ色の店舗も姿を消した。

手作りの弁当やおむすびを店で気軽に購入する文化を築いたサラヤは、食の新しい可能性を切り開いたパイオニアとも言えるだろう。

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