高校でもソフトテニス部に入っていたトマトさん。当時、将来の夢は作家とロックミュージシャンと書いていたそうです。塾には通っていなかったものの、「大学には当然行く」という感覚はありました。
「志望校は決めていませんでしたが、高3になって部活を引退した夏頃から考えだしました。オープンキャンパスに行けとかいろいろ言われて、何個か興味があるところに行っていました。教育学部を受けようかなと思ったので、東京学芸大学の教育学部と筑波大学の人文・文化学群で悩んでいました。私立は早稲田かなという感じです」
筑波大学の人文・文化学群では、高校2年生のときの模試で一度A判定を取ったそうです。しかし、その結果を受けて「いけるわ」と思ったために、勉強のペースが全体的に緩くなってしまったといいます。
結局、その後の模試ではほぼE判定から動かず。現役時のセンター試験では5教科7科目で6割程度に終わり、東京学芸大学の教育学部と、早稲田の文学部・文化構想学部・教育学部、立教大学の文学部を受けたものの、全て落ちてしまいました。
「高校の偏差値が高いから、実力がともなっていないけどプライドが高くなってしまいました。判定が良くなくても、高校受験もずっとE判定だけど受かったという謎の成功体験と、家族も教育一家ではないから誰も止めないまま暴走して安全なところを受けず終わりました。学力が足りなかったんです。基礎がおろそかだったし、模試の判定を軽んじているし、実際の学力がどれくらいなのかというのを自分でも把握できていませんでした。過剰な自信もよくなかったです。全部が悪かった1回目の受験でした」
全落ちで仕方なく浪人
トマトさんに浪人を決断した理由を聞くと「全部落ちたから」と答えてくれました。
「大学に行かないという選択は両親も同級生たちもありませんでした。就職とかは1回も考えたことはなかったです。だから、自動的に駿台に入学しました」
この駿台予備学校での生活が、自信を粉々に打ち砕かれたトマトさんの意識を劇的に変えてくれました。
「基礎を丁寧に教えてくれた先生がいました。高校生のときは難しい参考書からやっていたんですけど、やりやすそうな参考書から入るようになりました。わからないところは素直に中学分野からやり直そう。そう思って勉強のやり方を学び、初めからやり直す1年間でした」





















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