そして、もう一つ「ちとふな」にハマった理由は、新宿や渋谷で遊ぼうにも友達がいなかったことだ。新宿の会社で仕事を終えると、ちとふなに帰還し、書店のすぐそばにある2階のBARに入り浸るようになるのだった。
何者でもない男たちの、なんてことのない「ちとふなライフ」
愛する「ちとふな」で初めてウイスキーを覚えた頃、一人の男が上京してきた。仮にSとしておこう。
Sとは小中高の同級生と長い付き合いのある男で、直前の模試がD判定にもかかわらず、大阪大学に現役で受かった「奇跡の人」である。大学生になってからも地元で時々は会っていたのだが、何を思ったのか無職でいきなり、東京に出てきたのだ。
「これは逃すわけにはいかん」と私は、Sを言いくるめることにした。
「東京に住むならば、絶対に千歳船橋がよい」
「山手線の内側は気軽に住めるところではない」
「神保町なんて、もってのほか。本の街だから住もうなんてのは安易だ」
そんなふうに言いくるめて、近くの物件に決めさせると、仕事後に毎日のように会った。
Sはとにかく映画と本が好きな男だったから、おススメの作品を聞いているだけで、あっという間に時間は過ぎる。すっかりBARの常連となり、二人で夜を明かすこともしばしばだった。Sが無職の身から出版社のアルバイト勤務になってからも、そんな「ちとふなライフ」が続くことになる。
私はいつでも「何者かになりたい」と切望しては焦っており、この頃にウェブサイト「THE 雑誌!」を立ち上げる。私はエッセイを書き、学生時代の友人たちにも、好きな分野で書いてもらった。野球が好きな友達には阪神タイガースについて、バンドをやっている友達には音楽について、寄稿してもらったりしたのだ。
映画をこよなく愛するSは、とりわけホラー映画を好んだので「ホラー映画の世界へようこそ」という原稿を書いてもらい、私がメルマガにしてウェブサイトにも載せた。二人で映画を観て、感想を言い合い、それを録音して対談形式でアップしたこともあった。
読者はほとんどいなかったと思う。それでも、その頃の私にとっては「ちとふな」のワンルームが一つの編集部だった。
大学時代を京都で過ごしていたこともあり、東京の家賃相場に圧倒され、物件探しが難航した上京。もはや外が真っ暗のなかで紹介された物件は、全部で5部屋くらいの小さなアパートだった。入り組んだ路地にあるところが、京都の下宿先を思わせて、「自分がここに住む」というイメージがなんとか湧いてきた。





















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