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ライフ #東京で最初に住んだ街

「山手線の内側は気軽に住めるところではない」 京都の大学生が上京、東京の家賃相場に圧倒されながら選んだ「いろんな顔を持つ街」の"実態"

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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そして、私の家がある北口のほうには、マクドナルドやふらんす亭といったチェーン店もあり、外食に困ることはなかった。

北口側は整備が進んで見違えるようだった。ふらんす亭はもうなかったが、マクドナルドは健在(筆者撮影)

駅前の明るさ、幹線道路沿いの寂寥感

まもなくして、安くてうまい「キッチン南海」という定食屋に通うようになり、さらにしばらくして、商店街方面でしばらく歩いたところにも、夫婦でやっている定食屋を発見。 自炊能力に乏しい私は、この2つの定食屋を使い倒した。

キッチン南海は今では別の店舗になっている。建物の外壁でここだとわかった(筆者撮影)

また、その頃には、小さな書店もあって、仕事の後には必ず立ち寄ったものである。今思えば、ぜいたくな時間だ。「街の書店はもう経営が難しいか……」としみじみしていたら、高架下へ移転しているではないか。駅の南北の両方に出入り口があり、以前よりも入りやすいくらいだ。よかった。

千歳船橋駅の高架化工事に伴って高架下に移転した千歳書店(筆者撮影)

千歳船橋のなかでもいくつか物件を回ったが、迷った末に止めにした物件があった。オートロックのマンションで、その割には家賃も予算内だったが、家から出てすぐに大きな道路があることがどうしても抵抗があったのだ。

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【筆者が恐れおののいた「バカでかい道路」】

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