私はこの千歳船橋で約3年間にわたって下宿することになる。しかし、この街にたどり着くまでには、紆余曲折があった。
「山手線の内側は気軽に住めるところではない」と知る
私が小さな出版社から内定をもらったのは、大学4年生の2月のことである。
卒業間近だというのに内定が一つも出ていなかった私にとっては、待ちに待った瞬間だ。電話がかかってきたときは「もうどうなっても知らんわ」と、京都寺町のマンガ喫茶でダラダラしていただけに、喜びもひとしおだった。
ただ、先方曰く「4月から正社員で働く前に、できれば3月からアルバイトで来てほしい」という。私は急きょ京都の下宿先を引き払い、東京で物件を探さなければならなくなった。幸い広告代理店に勤める従兄弟が恵比寿に住んでいたので、私はそこに身を寄せて、物件を探すことにした。
最初は「せっかくだから、本の街、神保町に住むしかない!」と、なぜか渋谷の不動産屋に相談したところ、「山手線の内側は気軽に住めるところではない」と教えてもらう。ものすごく家賃が高いのだという。そこから不動産屋をはしごして、いくつかの物件を観ていくうちに、たどり着いたのが、小田急線の千歳船橋駅だった。
物件が定まるまでは迷いもあったが、通称「ちとふな」と呼ばれるこの街のことを、私はすぐに気に入った。駅の北口に「ちとふな商店街」があるため、降り立った瞬間になんだか懐かしい雰囲気がする。





















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